コラム「絵心のススメ」第7回 緊張の劇団オーディション ~その2~

仕事を通じて出会う人たちのイラストを描くようになった、とある似顔絵描きの独り言。



演劇にはまっていた学生時代、ある有名劇団のオーディションに参加。前回の続きです。


さぁ午後の二次オーディションの開始だ。壁一面が鏡張りの広ーい綺麗な稽古場に、劇団スタッフだろうか、審査員たちが居並ぶ。その真ん中にデーンと、あの高名な演出家が一人だけ椅子に座っていらっしゃるではないか。
横一直線に立ち並ぶ男性候補者の列。その一番端に立たされた。そのまま、ダンス、歌唱、セリフの順番でテストは進んでいった。


まずはダンス。午前中と同じように音楽がかかるが、急に実力が上がるわけもない。みんながジャンプして回転し、バシっと決めているのに対して、一人だけ調子はずれにビヨーンと跳ね、とてもダンスとは言えない。「あえぎ」をご披露して差し上げた。審査員たちが苦笑、失笑しているのが視界の端に映る。
続いて歌唱。「アカペラでお願いします」と言うのも、もはや恥ずかしい。開き直るぞ、もう。全力で歌った。
最後のセリフのテストだけは、ちゃんと言えた…かもしれない。


そして二次オーディションはあっという間に終了。あの高名な演出家の前で思い切り素人ぶりを発揮してしまった。「なんか一人、変なのがいるな」と失笑されていたはずだ。ひょっとしたら、意識にものぼらなかったのかもしれない。準備もせずに受験し、失礼だったか。


合格者にはあとで連絡が行きますと言われ、その日は解散。わたしたちのあと、すぐに続けて女性陣の二次オーディションが始まったのではなかろうか。
そして以来、今日に至るまで電話は無い。わたしの電話番号を忘れてしまったのだろうか、あの劇団は。
プロが見ると、あの短い時間だけで、「この子は伸びる」「役者として育つ」とかってわかるんだろう。風の便りで聞いたところでは、二次オーディションに残った20人の男性陣のなかで、一人だけ合格したらしい。あまりプロっぽくない爽やかな感じの人が居て、どうもその人だったようだ。


結局、わたしには本当の根性なんかなく、役者志望の熱は終わった。父親の反対にも当時立ち向かえなかった。今考えれば、ひとりでチャンスをつかみ取るような厳しい世界でやっていくための、やる気も才能もなかったのだ。だいたい、かなりの運動音痴だし私。
よく刑事ドラマとかで、投げられた車のキーをパッと捕ったり、走りながら壁とか塀を飛び越えたりするシーンをよく見る。私の場合、絶対にキーは捕れずに落とす。両脚をかっこよく横に揃えて飛び越えるのも無理。自信がある、その辺は。


その後の私は真面目に就職活動に取り組んだ。但し、そういうふらふらしていた私なので、それはそれでまた難渋した。なんとか拾ってくれる会社があり、内定をもらった。本当によかったものだ。田舎から出て来て、気持ち的に帰るところもない私の、社会人人生がその後スタートした次第。


でもあのオーディションは良い体験だった。知らない世界に飛び込む時に高まっていく、あのテンション。一発勝負で自分を試す、自分をさらけ出す。緊張するけどオススメです。
そして多くの人たちに、ご自身のステージでご自身の持ち味を活かして、おおいに目立ってほしい。余計なお世話ながら、さらに輝いてほしい。そんな人たちのサポートが出来れば良いし、私自身もそう在りたい。



今回の似顔絵は、経済アナリストの森永卓郎さんです。やさしい語り口、独特の切り口、面白いキャラクター。先日あるイベントでこの絵をお渡ししました。まさに自分の世界・ステージを楽しんでいらっしゃいますよね。




プロフィール

SMBCコンサルティング株式会社 常務執行役員 遠藤宏之

1989年住友銀行(現・三井住友銀行)入行、法人部門やリテール部門を経て現職。40歳ごろから行内で似顔絵を描く機会が増え、当サイトでも制作した似顔絵を所々で提供。

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