コラム「絵心のススメ」第5回 問いかけ続けた「What is your purpose?」
私自身はテレビに出たことはないが、実は描いた似顔絵はテレビに“出演”したことがある。
著名人が想い出の地を訪ねるNHKの番組で、俳優の中村雅俊さんがゲストに招かれた回のこと。母校の大学を訪ね、出身クラブの後輩にあたる現役学生たちと触れ合う内容だった。
収録に先立って、学生たちの間で「雅俊さんに寄せ書きを渡そう」「折角なら真ん中に似顔絵が欲しい」という話しになり、ひょんなことから私の出番となった。
実際にお会いしたことはないが頑張って描いてみたところ、収録当日、寄せ書きを手にした中村雅俊さんは「似てるなぁ~」と繰り返し呟かれ、喜んでいただけたとのこと。きっと学生の作だと思っていたのだろう。
中村雅俊さんは学生時代、学校の枠を越えて英語劇を作る団体にも参加されていた。私もだいぶ遅れるものの、その団体に参加していた。学校も違うのに、勝手に後輩気分。
その団体では、出演者や舞台装置、音響など主体は学生だが、演出は経験豊かな社会人が行い、多くのことを学んだ場だった。
演じる時は、さもその役柄のように見せるのではなく、その役柄が何を欲しているのかを自分に置き換え、理解し、舞台の上で行動する。それがリアルな演技だ――。そんなことを教えられた気がする。
「What is your purpose? (ホワッチュユアパーパス?)」。「あなたの(このシーンでの)目的はなんですか?」ということを繰り返し問われ、毎回自分に問いかけ、日々演技の練習をしていた。
うわべで見せるのではなく、欲する気持ちに正直にそのシーンの中で動く。各場面で考えるのは、これだけ。シンプルなアプローチだが、人生経験の少ない私が、少しでも観劇する方々にとってリアルな存在であるために、とても適していた表現方法だったと思う (但し、極めて脇役だったことを正直に申し上げます)。
ニュアンスは違うと思うが、昨今の「パーパス経営」などの言葉に触れると、私の中では、あの時の学生英語劇のこと、みんなで劇を作った日々のことを思い出す。「パーパスと言えば、私にとってはこれだよなぁ」と。
その後、社会人になって年を重ねると、今度は「そのポストを演じろ」と教わることになった。感情や素の自分を見せるのではなく、その役割を忠実に演じてみせろと受け止めた。なるほどと思う一方、釈然としない部分もあった。
目的を理解してそれに向けて動く、と捉えれば、学生の時の教えと同じだったのだと、今このコラムを書きながら、ようやく納得している。理解が遅いなぁ私は。
いずれにしても、演劇の場面が始まる前の集中と緊張感は好きだったし、今ならお客さまと会う前の瞬間はドキドキするし、期待に胸膨らむ。(私のような脇役ではなく)多くの人たちがそれぞれの舞台で主役になって欲しい。
そのようなわけで今回は、色紙を持って微笑む中村雅俊さん。折角だから、このバージョンをご本人に郵送してみようかなとも思い悩み、まだ手元にある。あの時描いたのは私です、など添えて良いものか。
今回は「絵心のススメ」ならぬ「演技のススメ」になってしまった。悪しからず。
プロフィール
SMBCコンサルティング株式会社 常務執行役員 遠藤宏之
1989年住友銀行(現・三井住友銀行)入行、法人部門やリテール部門を経て現職。40歳ごろから行内で似顔絵を描く機会が増え、当サイトでも制作した似顔絵を所々で提供。