学習する組織とは? センゲの5つのディシプリンやシステム思考を解説
1.学習する組織とは
「学習する組織」の理論は、ハーバードビジネススクール名誉教授クリス・アージリスとマサチューセッツ工科大学教授ドナルド・ショーンが1970年代後半に提唱した「学習する組織」という概念を、ピーター・センゲが1990年に「最強組織の法則」(The Fifth Discipline)を上梓し広めたもので、日本では1995年に紹介されました。
「学習する組織」には、提唱者によりさまざまな定義があります。詳細は、後ほど詳しくご説明しますので、ここでは、ざっと目を通すだけで、一通り読んだ後で、見直していただければと思います。
クリス・アージリス
「学習と成長の意思を有する人に成長のチャンスを与え、自らも学習して進化する組織」と述べ、変化の激しい時代には「優秀なトップのみが学び、方向性を示してメンバーはそれに従順に従うべき」という従来のマネジメントには限界があるとし、新しいマネジメントの方向性として「個人の学習と組織の学習の統合を目指す方向に潮流は変化している」と提言しています。
ピーター・センゲ
「人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる組織、革新的で発展的な思考パターンが育まれる組織、共通の目標に向かって自由にはばたく組織、共同して学ぶ方法を絶えず学び続ける組織」と述べ、学習する組織に対する取り組みの核心部分は、5つのディシプリンである『自己マスタリー』『メンタルモデル』『共通ビジョン』『チーム学習』『システム思考』を基盤とした、生涯続く『学習と実践のプログラムである』と説いています。ディシプリンとは学習によって習得されるべき理論や技術の総体です。
つまり、センゲは、「学習組織」の完成形はなく、5つのディシプリンを生涯学び続けることと実践することによって近づくことのできるビジョンと考えているといえます。
2.センゲの「学習する組織」~7つの学習障害
センゲが「最強の組織の法則(The Fifth Discipline)」を発表した1990年に先立つ1980年代、米国の企業は、日本企業の躍進の煽りを受けて、国際競争力を低下させ、企業の倒産率が上昇していました。
センゲは、その原因を、「企業は学ぶことが下手で生き残りはしても、潜在力をついに発揮できていないのではないか」と考え、企業には次に示す7つの学習障害があると分析しました。
尚、センゲの言う「学習」とは組織がさまざまな問題に対応するための力を得ることとされています。
①職務イコール自分
「自分の責任は職務の範囲までと考えがち」であり、「すべての職務が関連し合って生まれる結果に対する責任感が薄れてしまう」ため、不本意な結果が出た場合でも、『誰かがしくじったのだ』と考えることから、本質的原因がつかみにくくなることを示しています。
②敵は向こうに
物事がうまく運ばなかったときに、その原因を自分ではなく、「ほかの誰かまたは何かのせいにする」ことを示しています。
③積極策という幻想
困難な問題に直面したときに、『向こうの敵』に対してひたすら攻撃的になるとすれば、それは真の「積極策」ではなく、形を変えた受け身となる。言い換えると、正確な状況判断や原因分析の欠如した策は、正しい策ではないということです。
④個々の出来事にとらわれる
「組織内の会話の中心が、出来事についての関心」であり、先月の売上高、新しい予算削減、競争相手が出した新製品など「人々の考えが短期的出来事だけに支配されている組織では、創造的学習は維持できない」としています。
⑤ゆでられたカエルの寓話
前述の「個々の出来事にとらわれる」という学習障害と同様ですが、重大な脅威は、徐々に進行するプロセスに隠れているので、「ゆるやかなプロセスに目を向けることを学ばなければ、カエルと同じ運命をたどる」としています。
⑥体験から学ぶという錯覚
「重要な決定の場合は、たいてい直接には経験していない」ことから、体験から学ぶことの限界を示しています。
⑦経営チームの神話
「ほとんどの企業は、複雑な問題を究明するよりも会社の考え方を擁護するのに秀でた人間を評価する」傾向にあることから、「経営幹部のほとんどが集団での批判的検討」を行わない「熟練した無能」となる可能性が高いことを示しています。
3.センゲの「学習する組織」~5つのディシプリン
センゲは、前述の学習障害を乗り越えるために、次に説明する5つのディシプリンを生涯学び続けることと実践し続けることによって、<わざ(art)>として磨くことで、組織は「個の集まり」から、「素晴らしいチーム」に変化し、「学習する組織」というビジョンに近づくとしています。それでは、5つのディシプリンを見ていきましょう。
①自己マスタリー
「人生をより良いものへの創造し続けるために自己の視野を磨いていこうとする向上心であり、後述する共通ビジョンをつくり出すための基盤となるもの」です。
自己マスタリーの「マスタリー(mastery)」は、「熟達」を意味します。自己に熟達するとは、人間として成長していくことです。
自己マスタリーにとって重要なのは、 ビジョン (ありたい姿) と現実 (今の自分) とを対置させたときに生じる
「創造的緊張 (creative tension)」 であり、この創造的緊張をどう生み出し、 どう維持するかが自己マスタリーの本質にかかわるものであるとしています。
つまり、ビジョンに到達したとき、又はビジョンが高すぎたときに新たな進むべき道を見つけられるかどうかは、 究極的な本質的欲求=自分は何のために生きているのかに焦点を合わせて理解することが必要で、創造的緊張は自己研鑽のモチベーションを生み出すことを示唆しています。
「マズローの欲求5段階説」をご存じの方は、第5段階である自己実現欲求(自分の世界観・人生観に基づいて、「あるべき自分」になりたいと願う欲求)をイメージしていただくとわかりやすいと思います。
②メンタル・モデル
「私たちがどのように世界を理解し、 どのように行動するかに影響を及ぼす、 深くしみこんだ前提、 一般概念であり、 あるいは想像やイメージ」です。
センゲはメンタル・モデルと現実の乖離が効果的な行動をとれない原因であるとして、 メンタル・モデルは学習を妨げるためではなく、
促進させるために利用すべきであるとしています。
そのために、「メンタル・モデルと取り組む修練は、内に鏡を向けることからはじまる。自分の内にある世界のイメージを発掘し、じっくりと精査するすべを学ぶ」ことを提言しています。
少し、難しい表現になっていますので、具体例を挙げてご説明します。
たとえば,売上げ増大という課題に対して広告宣伝費を増やすという対応を行い、期待通り成功したとします。この対応方法が繰り返し成功すると、広告宣伝の効果が認められ,やがて信念にまでなってしまうでしょう。
ところが、数年後、広告費を増加させても売上が増大しない段階が来ます。なぜなら、商品自体が時代遅れになっていたからです。
この段階では、『売り上げ増大のためには、広告費を増やしたらいい』というメンタルモデルを自ら見直さなければなりません。「メンタルモデル」を、おなじみの日本語で表現すれば「固定観念」となるかもしれません。「固定観念」は現実を認識している「パターン」であり、「心の癖」とも言えます。
メンタルモデルを見直し、修正する方法としては、後述するシステム思考によって学習・変化させる方法が挙げられます。
③共有ビジョン
「組織中のあらゆる人々が思い描くイメージであり、 組織に浸透する共通性の意識を生み出し、 多様な活動に一貫性を与えるもの」です。 言い換えると、一人ひとりのビジョンを皆が共有し合い、そこから生まれた皆が心から目指したいものが共通ビジョンです。
企業が発展するためには、それを構成するチームが発展しなければならず、自己マスタリーに基づく「共通ビジョン」がチームや組織に広がっていなければなりません。
一般的には、トップの決めたビジョンが組織に浸透するものと考えられていますが、センゲは、学習する組織の「最初のステップはビジョンが常に『上』から申し渡されるもの、あるいは組織に制度化された立案プロセスから生まれるものだという従来の概念を捨て去ることだ」また、「ビジョンが生きた力になるのは、自分の未来は自分が形作ることができると本当に信じているときだけだ。」と述べています。
つまり、リーダーは、自分のビジョンもリーダー個人のものであることを認識して、多くの人々がコミットする共通のビジョンとなるように心がけねばならず、コミットするとは、ビジョンの実現に参加するだけでなく、それを強く望み、実現させるための責任と行動を伴うものであることを説いているのです。
④チーム学習
「メンバーが心から望む結果を出せるようにチームの能力をそろえ、 伸ばしていくプロセス」 です。つまり、ビジョンを共有したチームが協働して学び合っていく過程といえます。
メンバーの持つエネルギーの方向性が一致せず、その足並みが不ぞろいな場合、 個々のエネルギーが有効に働かず、 エネルギーの無駄が生じたり、マネジメントが困難になったりします。
センゲは、
●複雑な問題を深い洞察力で考えるために
●革新的に協調して行動するために
●チームのメンバーが他のチームに対して役割を果たすために
チーム学習が必要であると述べています。
また、そのためには、
● 「ダイアログ (対話)」
と 「ディスカッション (討論や議論)」 という 2 つのタイプの会話
●そして練習 (practice)が必要であると提言しています。
ダイアログを行うことで、意見交換をしながら複雑で微妙な問題を自由かつ創造的に探求し、互いの話にじっくり「耳を傾け」、一旦、自分の考えを保留します。
次に、ディスカッションによって、さまざまな考えを発言したり、弁護したりして、議論を行い、下さなければならない決定の裏づけとなる最善の考えを追求していきます。
こうして、振り返りと探究のスキルを発揮し、 メンタル・モデルを確認したり、 共有ビジョンを作り上げたりすることができるようになります。
本来、ダイアログとディスカッションは補完し合う関係にあるのですが、両者の違いを見分け、意識して使い分ける能力が欠けているケースが多いとセンゲは指摘しています。
なぜなら、対話や議論の途中で、「習慣的な防御行動(恐れや困惑から身を守る)」や意見が衝突すると「丸くおさめる」ことに加え、失敗は外部のせいにできなくなることへの「抵抗」などが生じるからです。
そのために練習が必要であり、ショーンの提言する日常的な仕事現場における省察的実践(リフレクション)が有効であるとしています。
⑤システム思考
「パターンの全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的枠組み」です。 「システム思考 (systems thinking)」は 「学習する組織」の中核をなす考え方であり、センゲは、先の4 つのディシプリンの根底をなすものであるとしています。それではシステム思考はどのようなものであるか、見ていきましょう。
4.センゲの「学習する組織」~システム思考
(1)システムダイナミクス
センゲの言う「システム思考」の元となっているのは、MIT(マサチューセッツ工科大学) スローン経営大学院のジェイ・フォレスター教授 (Prof. Jay
Forrester)が1956年に作り上げた「システムダイナミクス」というシミュレーション手法だとされています。
システムダイナミクスのおおまかな手順は、以下の4つです。
ⅰ)採り上げる問題を決定し、その問題領域(システム境界)を設定する。
ⅱ)対象システムを観測して情報を集め、そのシステムを表現するのに重要な要素(変数)を抽出する。
ⅲ)要素間の因果関係(フィードバックループ)を追跡し、その関係の強弱を調べる。
ⅳ)それら各要素からモデルを構築し、対象システムの挙動と比較し、差が小さくなるようにモデルを修正し、対象の構造を明らかにする。
フォレスターの研究は、経営問題だけでなく都市問題、さらには地球全体の課題解決にも向かい、1972年に発表された「成長の限界」レポートでは、「無制御な経済成長が資源の枯渇や環境破壊など、地球に深刻なダメージを与える」ことを明らかにしています。
しかし、その分析は定量分析に拠り微積分の知識や専用のコンピュータソフトを利用する必要があり、この仕組みを知らない人への説明が難しいため、「因果ループ図」を活用したシステム思考が普及していきました。
(2)システム思考とは
ピーター・センゲの言うシステム思考は、因果ループ図等を用いた定性分析を活用した課題解決法と言えます。
センゲは、コップに水を汲むという簡単な事例で説明しています。
システム思考で考えると、この行為は、コップや蛇口、流水という要素からなる「システム」であり、そのシステムを目で状態の「情報」を確認しながら、手で蛇口を「制御」する行為ということになります。
コップに水を汲むためには、
ⅰ)蛇口をひねります。まずは勢い良く水が流れ、そのままだと間もなく水が溢れ出てしまいます
ⅱ)水位が目標に近づくに連れて、蛇口の開閉度を変えていきます。蛇口の開閉度が変わると、それに応じた流水量に調整されて、それによって水位が変わります。
ⅲ)水位が変わると、認識される乖離幅(現在の水位と目標水位との差)が変わります。
ⅳ)その乖離幅が変わると、私たちの目がそれを認識し、蛇口の開閉度が変わります。そして流水量が変わり・・・・
以上を図にすると、下図のような因果ループ図を描けるでしょう。
【出所】ピーター・センゲ著「学習する組織」
上図のように、想定された目標に向けて制御された因果ループを、バランス型と言います。逆に、例えば、ニワトリが卵を産んで、その卵が孵ってヒヨコを経て、親鳥になり、その親鳥がまた卵を産んで・・・といった、物事が成長しているとき、数や量が増加している時を自己強化型と言います。
センゲはシステム思考の本質を、
●因果関係を環状のフィードバック・プロセスととらえ、 プレイヤーもその一部と考えること
●フィードバック・プロセスには自己強化型 (reinforcing feedback)
とバランス型 (balancing feedback) があること
●フィードバック・プロセスの中には行動と結果との間に遅れ (delays) があること
●このような用語 (システム言語) を用いて、
構造のパターン =システム原型 を理解していくことであるとしています。
(3)システム原型
この中で特に注目したいのが、システム原型です。システム原型とは、さまざまな分野で共通してよく見られる問題の構造の基本パターンです。システム原型を知ることで、傾向と構造
が同じであれば、分野を超えて、先人たちの知恵を活かした解決の指針を得ることができます。
センゲはシステム原型を、ビジネスの文脈にまとめなおし、次の10の原型を紹介
しています。
ⅰ)「遅れを伴うバランス型プロセス」
ⅱ)「成長の限界」
ⅲ)「問題のすり替わり」
ⅳ)「介入者への問題のすり替わり」
ⅴ)「目標のなし崩し」
ⅵ)「エスカレート」
ⅶ)「強者はますます強く」
ⅷ)「共有地の悲劇」
ⅸ)「うまくいかない解決策」
ⅹ)「成長と投資不足」
それでは、代表的なものを例に説明していきます。
①成功の限界(Limits to Success)
当初は努力すればするほど成功がもたらされて、そのことがさらなる努力を促します。しかし時間が経つと、その成功が限界となり、逆に、努力そのものが成功を妨げようとする動きが引き金となって結果が悪くなりはじめても、当時のやり方を変えずに同じ努力を続けてしまうのです。
②問題のすり替わり(Shifting the Burden)
問題のすり替わりというシステム原型では、まず対処療法を施すことによって、一時的に問題の症状が軽減または消滅するため、より根本的な解決を図ろうとする意欲が低下することです。
③目標のなし崩し(Drifting Goals)
目標のなし崩しとは、時間の経過に伴い、当初の目標レベルが低下していく状態です。この状態は、徐々に進展していくため、そのことがもたらす影響に気づかないことが多いという「ゆでガエル現象」ともいわれるものです。
④共有地の悲劇(Tragedy of the Commons)
共有地の悲劇とは、人材・予算・生産設備などの共有資源を利用するときに、周囲への影響を考えずに、それぞれが自分の利益だけを考えて行動すると、共有資源に過大な負荷をかけることになり、結局当事者全員にとっての利益が減少してしまうケースをいいます。
いくつかの基本となる原型を理解すれば十分に役に立ちます。ほかの原型はその組み合わせや応用が多いからです。また現実の問題について、ループ図で整理するときも、複数の原型の組み合わせであることがしばしばです。実際、システム原型は、より複雑な状況についてモデルとして整理し、描くための見立てに使われていたものです。
5.まとめ
「学習する組織」を目指すことで、過去の組織文化や戦略の枠に思考や行動を縛られることなく、変化に対応し、自己改革していく機能を備えることができます。
ただし、そのためには個々の社員がビジョンと自律性と協調性を持ち、現在の環境に適応する強さと将来の変化に対応する柔軟性を理解し実践することが必要です。その結果、冒頭の定義でお話しした、「人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる」こととなります。
是非、「学習する組織」というビジョンに向かって、進んでいただきたいと思います。
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