Netpress 第2254号 中小企業が押さえておきたい 海外人権法規制の潮流と日本企業の対応

Point
1.海外人権法規制の潮流としては、大手企業に対して、調達先のサプライチェーンにとどまらず、一定の場合には、販売先や取引先などのバリューチェーンに対しても人権デューデリジェンスを義務付ける方向にあります。
2.今後、中小企業としては、大手企業からの人権デューデリジェンスを受ける立場となることが多く、これに伴い自社としての取り組みも求められることになります。
3.ここでは、日本の中小企業が人権デューデリジェンスを求められた際の出発点について解説します。


ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)
パートナー 弁護士 吉田 武史



1.海外人権法規制の潮流

2011年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されて以来、同指導原則のなかで推奨された「人権デューデリジェンス」は、その後、OECDの「多国籍企業行動指針」改訂版、「責任ある企業行動のためのデューデリジェンス・ガイダンス」といった種々の国際規範に取り入れられ、現在では、国連において条約化の動きも進んでいます。


ここで、「人権デューデリジェンス」とは、



企業の事業、サプライチェーンおよびビジネス上の関係先における人権への負の影響を特定・評価した後

当該特定・評価された負の影響を停止、防止および軽減し

その後の実施状況および結果についても追跡調査したうえで

負の影響にどのように対処したかをステークホルダーへ伝える


という一連の行為であり、必要な場合には、是正措置を行う、または是正のために協力することを内容としています。


また、こうした人権デューデリジェンスは、通常、企業の事業やサプライチェーンを対象とすることが多くなっていますが、人権への負の影響のリスクが高いと判断される限り、バリューチェーン内に所在する顧客や取引先など、ビジネス上の関係先も広く対象となり得ます。


人権デューデリジェンスについては、日本政府も、2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」のなかで一定の実務指針を示していますが、これも国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の「人権デューデリジェンス」における指針の内容を忠実に引き継ぐものとなっています。


さらに、人権デューデリジェンスに関わる各国法規制や条約化の近年の潮流として、企業に対する法的義務付けの傾向を挙げることができます。


フランスでは、2017年に「注意義務法」が、オランダでは、2019年に「児童労働デューデリジェンス法」が、ドイツでは、2021年に「コーポレート・サプライチェーン・デューデリジェンス法」が成立し、すでに一定の企業に対して人権デューデリジェンスを法的に義務付ける海外法制が生まれています。


EUも、2022年に「コーポ―レート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令」の草案を公表し、人権デューデリジェンスを企業に対して法的に義務付ける方向でのEU指令の採択を目指しています。


これは、条約化の議論においても同様です。現在、国連で議論がなされている条約案は、企業に対する人権デューデリジェンスの法的義務付けを含んだ内容となっています。法的義務に違反する場合には、多額の制裁金を科され得ることになります。

2.今後、人権デューデリジェンスが求められる場面とは

実務上、企業にとって、人権デューデリジェンスが求められる局面としては、主に次の3つの場合があります。


(1)各国法規制において義務付けられる場合

1つ目は、適用される各国法規制において人権デューデリジェンスを義務付けられる場合です。各国法規制について、前述した国のほかにも、今後、さまざまな国において人権デューデリジェンスが義務付けられる可能性はあります。


ただし、法令で人権デューデリジェンスを義務付けられる企業は、相当程度に大きい売上額や従業員数などの数値基準を上回る大企業であることが通常です。そのため、通常、中小企業が法的に義務付けられることはほぼありません。


一方で、中小企業が、任意にこうした人権デューデリジェンスを実施する場合には、国から同企業に対して補助金を支給する方向で条約案は議論されています。


(2)企業が自主的に実施する場合

2つ目は、自社のリスクマネージメントとして、自らのサプライチェーン、ひいてはバリューチェーンに内在する人権侵害リスクが顕在化することを回避するために、人権デューデリジェンスを自主的に実施する場合が挙げられます。


大企業の場合には、レピュテーション対策等の観点から、自主的リスク管理としての人権デューデリジェンスが重要課題となることも多くなりつつありますが、中小企業においては、その限られたリソース等から、自社のリスクマネージメントとして、人権デューデリジェンスの優先順位が高く位置付けられることは、必ずしも多いとはいえない状況です。


(3)取引先・顧客先から実施を求められる場合

3つ目は、取引先・顧客先から人権デューデリジェンスの実施を求められる場合が考えられます。


特に取引先、顧客先(またはその先の取引先、顧客先)が大企業の場合、自らの法的義務に基づき、または自主的なリスクマネージメントとして、人権デューデリジェンスを実施することがあり、当該取引先、顧客先からの要求に応える形で、人権デューデリジェンスを実施する場合がこれに当たります。


中小企業にとって、もっとも人権デューデリジェンスが求められる場面は、この場合になります。

3.中小企業としての人権デューデリジェンスの出発点

リスクベースアプローチのもと、人権デューデリジェンスによって、特に特定・評価されるべきとされる具体的な「人権への負の影響」の内容は、その時々の人権NGO・NPOの指摘などに応じて変わり得るところはありますが、ここ数年でもっとも着目されているのは、強制労働や児童労働による人権侵害です。


強制労働、児童労働と聞くと、もっぱら海外のことと理解され、国外にサプライチェーン等を有しない事業者にとっては、無関係の話にも聞こえるかもしれません。しかしながら、日本国内においても、近年、外国人技能実習制度のもと、技能実習生として受け入れられた外国人に対する事実上の強制労働の実態が特に問題となっています。そのため、国内にのみ、サプライチェーンやバリューチェーンを有する事業者にとっても、「人権への負の影響」の特定・評価に始まる人権デューデリジェンスは、蚊帳の外の話ではありません。


日本の中小企業として、人権デューデリジェンスを求められた際には、こうした外国人技能実習生に対する人権侵害が、自社事業、サプライチェーンまたはビジネス上の関係先において「起こり得る状況がないかを確認すること」が出発点として必要となります。また、自社の従業員に対して、労働関連法規に違反した労務管理を行っていないことの確認も、当然、出発点として必要となるでしょう。



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