Netpress 第2252号 明示の特約を締結すべき 競業避止義務の有効性と企業に求められる対応

Point
1.在職中の労働者は、労働契約に基づき、競業避止義務を負います。
2.退職後の元労働者にも競業避止義務を課すためには、明示の特約が必要です。また、その内容も、禁止行為の範囲や禁止期間が適切であると認められる必要があります。
3.明示の特約がなくても、悪質な競業行為には不法行為責任が生じ得ますが、会社としては、まず明示の特約を締結すべきです。


岩田合同法律事務所
弁護士 豊岡 啓人


近時、従業員による副業・兼業、転職・独立等がより一般化していますが、これを企業側から見れば、従業員による競業行為(自社と競合する他社に就労することや、自社と競合する会社を設立すること、これらに伴い従業員引抜きや顧客奪取をしたりする行為)が発生する可能性が高まっているということでもあります。


このように、企業にとって、競業避止義務を有効な形で従業員に課すことが重要になっていることから、本稿では、競業避止義務のポイントを解説します。

1.在職中の競業避止義務

在職中の労働者は、労働契約に基づき、企業に対して誠実義務を負います。


このため、競業避止義務を定める明示の特約や就業規則上の規定等がなくても、在職中の労働者が副業・兼業として競合他社に就労したり、競合他社を設立したりすることは、誠実義務により禁止されます。


以上の在職中の競業避止義務については、多数の裁判例でも認められています(アイメックス事件=東京地判平17.9.27労判909-56等)。


なお、実務上は、競業避止義務の有無や内容について疑義が生じないように、就業規則において、競業避止義務に関して明確な定めを置くべきです。

2.特約に基づく退職後の競業避止義務

在職中の労働者と異なり、退職後の労働者については、次のような理由から、誠実義務を根拠とした競業避止義務は認められないとする説が有力です。



誠実義務の根拠である労働契約がすでに終了していること

退職後は職業選択の自由が尊重されるべきで競業行為も原則自由と解すべきこと


このため、実務上は、退職する労働者との間で、競業避止義務に関する明示の特約を締結する企業が多数見受けられます。


ただし、裁判例では、明示の特約を締結した場合でも、次の事情に照らして、その有効性が判断されています(例として、トータルサービス事件=東京地判平20.11.18労判980-56)。



労働者の地位

競業禁止により守られる企業の利益の内容・性質

制限される競業行為の内容、期間、地域的範囲

代償措置の有無・内容


より裁判例を詳細に検討すると、たとえば①営業秘密を取り扱う地位にいた事実は特約の有効性を肯定する事情となる、②従事する業務が単純作業や一般的作業で、企業独自のノウハウを認められない場合には、特約の有効性が否定される事情となると判断されています。


また、③に関しては、顧客や取引先との密接な関係や企業独自のノウハウ等が認められると、期間を3年としたり、地域を日本国内と広く設定したりすることも可能となるほか、制限される行為・地域・期間のうち一部要素を狭く限定すれば、その分他の要素は広く設定することも可能になる(ヤマダ電機(競業避止条項違反)事件=東京地判平19.4.24労判942-39では、制限行為が同業の家電量販店への転職に限定されること、期間も1年であることから、地域無制限でも有効と判断しています)と考えられます。


最後に、④としては、給与や退職時手当等が通常と比較して高額であること(機密保持手当等、特別の手当を在職中に支給していた場合を含みます)、独立時の支援制度が設けられていること等が考慮されています。


会社としては、上記の裁判例を参考に、自社の状況に応じて①~④の条件を設定して、明示の特約を結ぶべきです。


たとえば、以下のような設定があり得ます。



重要な営業秘密やノウハウに触れる従業員
→ 一定の手当を支給しつつ制限内容を広く設定する


単純作業に従事する従業員
→ 制限内容を限定する


会社の活動地域が限定されている
→ 制約対象とする地域を当該地域のみに限定しつつ、制限期間等はその分、長くする


なお、特約の締結時期としては、退職時だと締結しない者もいるため、入社時に締結しつつ、重要な営業秘密に接する業務に従事する場合は、その時点でも重ねて締結するという対応が考えられます。


また、会社としては、競業避止義務違反を理由として元労働者に対して損害賠償を請求することができますが、その損害額の立証は困難なことが多いため、競業避止義務に違反した場合に退職金の減額や返還請求を行う旨を定めておくほうが望ましいといえます。

3.法令に基づく責任等

退職後の競業避止義務につき特約がない場合でも、他従業員を一斉に引き抜く、在職中に知り得た営業秘密(顧客データ等)を持ち出して顧客奪取を行う等、元労働者が行った競業行為が極めて悪質であって、正当な競争の範囲を逸脱する場合には、不法行為責任が生じ得ます(サクセスほか(三佳テック)事件=名古屋高判平21.3.5民集64-2-598)。


また、不正競争防止法上の営業秘密に該当する情報を不正に持ち出して利用した場合には、同法3条の差止や4条の損害賠償を請求することができます。


ただし、前者については「極めて悪質」なケースに限定され、後者も不正競争防止法上の営業秘密に該当するケースに限定されてしまうため、会社の対応としては、まず明示の特約を締結すべきです。



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