コテンラジオと考える「ポスト資本主義」とは何か? 【第1回】 なぜ「ポスト資本主義」が待望され、価値転換を図ろうとしているのか? 人類史を変えた資本主義の正体とは

歴史を面白く学べるポッドキャスト「COTEN RADIO(コテンラジオ)」と連携した連載企画「コテンラジオと考える『ポスト資本主義』とは何か?」がスタート。ポッドキャスト上で公開された内容の書き起こし記事や、コテンラジオを運営する株式会社COTEN(コテン)のメンバーへのインタビューなどから、「ポスト資本主義」に迫ります。

第1回は、コテンラジオより『#233カネを持ってりゃ偉いのか!?人類史を変えた「資本主義」の正体』を再構成してご紹介します。


近年多くの人が、資本主義の行き詰まりを感じ、「ポスト資本主義」を論じるようになりました。貧困層と富裕層の二極化が顕在化し、日本でも岸田政権が富の再分配と格差解消を掲げる「新しい資本主義」を提唱しています。この動きは、日本だけではありません。世界各国で同時進行的に、格差是正や資本主義のリデザインが当たり前のように論じられる主要テーマとなっています。

ただポスト資本主義と一言で言っても、本来、「次の資本主義」という意味でしかなく、人によって解釈が異なる難しい言葉です。次の時代の資本主義とは何がどう新しいのか、コテンの代表・深井龍之介さんとコテンラジオのメンバーが解説しています。


ポスト資本主義を論じるにあたって、まずはその前提となる「資本主義」とは何かを定義していかなければなりません。コテンメンバーの深井龍之介さんは、6つの特徴があると説きます。

コテンが説く、資本主義6つの特徴

特徴1.「市場経済を前提として成り立っている」

自由競争により、一人ひとりが創意工夫や効率性を追求するようになり、社会の生産性が上がっていく構造が生まれます。

 

特徴2.「市場にとって良しとされる行動にのみ報酬・インセンティブが発生する仕組みに

なっている」

資本主義・自由市場経済下では、自分が良いと思った会社に投資するよりも、市場の評価が優先されます。自分の好みではなく、皆の好みを意識する社会です。そのため、市場にとって良しとされる行動にのみインセンティブが発生する仕組みになりがちです。


特徴3.「持続的成長は生産人口に比例してしまう構造」

資本主義においては持続的成長が生産人口に比例します。そして、呪縛のような大前提として、資本主義社会においては、持続的な成長を希求しなければならないものと刷り込まれています。持続的な成長を希求しなければならないから、生産人口も増やさなければならないという流れが生まれます。


特徴4.「期待値が定量化される。ただし、お金しか定量化されない構造」

期待値を定量化できること自体は良いことです。しかし、定量化できる範疇は狭く、儲かるか儲からないかの部分しか数値化できません。その会社がどれだけ社会の役に立っているか、社会から支持されているかといった定性情報や非財務情報は定量化して推し量ることができないのです。


特徴5.「資本が資本を生む構造」

お金を持つ人であれば、簡単にお金を増やすことができる構造です。


特徴6.「資本主義はシステムではなく我々の『OS』として機能している」

資本主義は、「社会システム」として規定されることが多いです。しかし、実相を見ていくと、私たち一人ひとりの生き方や文化、イデオロギー等の習慣や制度などの総体であり、民主主義という言葉とも未分化であり、包括しながら機能する特徴をもっています。


資本主義の特徴はまた、動的です。時代と共に変化しています。


6つの特徴が呼び込む、現代社会の歪み

一方で、深井さんは同時に、それぞれの特徴が問題を孕んでいると続けます。


特徴1.「市場経済を前提として成り立っている」弊害

市場経済とは、商品に価値がつくことを指します。この価値の付き方が、インターネットの登場により変わってしまいました。そして、この影響が非常に大きかったのです。デジタル商品や、シェアリングエコノミー、プロセスエコノミー、クラウドファンディングなどの各概念が市場経済を変容させています。今日では、所有のカタチさえ変わりつつあります。本来商品ではないところまで価値がつく時代になったことで、所有の概念は破壊され、サブスクやSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)などが誕生。このような市場経済そのものが生み出した新しい経済のあり方が、市場経済の前提となっている基板を崩しつつあります。


特徴2.「市場にとって良しとされる行動にのみ報酬・インセンティブが発生する仕組みになっている」ことによる弊害

資本主義・自由市場経済下では、自分が良いと思った会社に投資するよりも、市場の評価が優先されます。市場にとって良しとされる行動にのみインセンティブが発生する仕組みになっています。これの何が問題なのか。儲かればいいという考え方が横行していくことです。

すでに、この考え方で生きることは、幸せな人生に繋がりにくいことが露見しています。多くの人が、これでは幸せになれないなと気づいてしまっているのです。市場で評価される行動を過度に気にすることで、本来、その人や事業が何をしたいかよりも、周りからの評価が優先されるケースが発生します。たとえば、環境破壊問題においては、人類のことを思えば解決しなければならないのに、それができないのは、悪いインセンティブが働く設計になっているからです。また、金融資本主義の例もあります。利回りが良い投資をすることを数十年続けてきた結果、無理のある設計になって、壊れてしまったのがサブプライムローン問題でした。


特徴3.「持続的成長は生産人口に比例してしまう構造」の弊害

資本主義では、持続的な成長を希求しなければならないがゆえに、生産人口も増やさなければならない。そのため、従来の社会では、生産人口が増え続けることが奨励されてきました。しかし、日本社会はここにきて生産人口は減少傾向に入りました。人口が増えれば成長、減れば減少という、人口に左右されてしまう点が問題です。


特徴4.「期待値が定量化される。ただ、お金しか定量化されない」の弊害

定量化できる対象が、儲かるか儲からないかといった基準しかない場合、企業はその観点でしか動くことができなくなります。その結果、社会の役に立つという本質的な物差しではなく、お金を判断基準にしてしまうという弊害が発生しうることが言えます。そのため、現代社会では、非財務情報をはじめとして色々なものを定量化できたほうが良いと考える潮流も現れ始めています。


特徴5.「資本が資本を生む構造」の弊害

富の偏在が加速度的に進みます。K字経済に見られるように、資本を持つ富裕層はさらに裕福になり、貧困層との格差問題が起きます。これに対し、経済学者のトマ・ピケティは、世界一律の累進課税を資産に課すことを提唱します。この富の再分配が行われないのは、資本主義にとって欠陥そのものと言えます。


特徴6.「資本主義はシステムではなく我々の『OS』として機能している」の弊害

端的にいうと、私たち一人ひとりが、このOSでは幸せになれない現実に直面しています。そして、その事実を多くの人が自覚しています。いまの社会がおかしいと感じながら、改善ができにくい構造があります。正に、成熟社会のアポリア(解決困難な難題)とも呼べるような機能不全です。





アンソニー・ギデンズによる近代の特徴と諸制度

ここまで資本主義の特徴を見てきました。

続いて、現代社会においてはポスト資本主義的な考えを持つ人が増えてきたものの、社会の構造自体は近代の在り方をずっと引きずったままできてしまっていることを見ていきます。何も変わっていないのです。この「変われていない事実」を、メタ認知することが重要です。それでは、なぜ社会はまだ近代なのでしょうか。理由を紐解いていきましょう。

ここからは、アンソニー・ギデンズという社会学者が挙げる近代化社会の3つの要素を読み解きながら、資本主義のルーツを説明していきます。その際、近代社会とそれ以前の伝統社会との比較において、どのように社会が変質したのかということも併せて見ていきます。

近代社会の3つの要素の一つ目は、「時間と空間の分離」です。伝統的社会のなかで「時間」は、自分の生業と密接に関わっているものでした。例えば、農業従事者にとっては自然の時間が大切であり、日々の生活の時間の測定は場所に結び付けられていました。個という単位を意識することなく、特定の時間と空間のなかに存在していた時代です。

ところが、近代社会になると、時間が外在化します。時計という機械の登場が大きな転機となったのです。この「機械の時間」の登場によって、特定の時間や空間とは結び付かない「測定」が可能になりました。おかげで社会活動が加速度的に進んでいきます。そして、もう一つの機械も登場します。鉄道です。モノを運ぶスピードが鉄道の登場により速くなります。この2つの機械の登場により、社会全土・国全土が同じ時間を吸い、生きるようになりました。季節に関わらず皆が共通のモノサシを使うようになったのです。ここではじめて、時間と空間が標準化されたと言えます。これが時間と空間の分離の変遷です。

二つ目は、「脱埋め込み化」です。伝統的社会では、時間と空間が一致したローカルな範囲に社会関係が存在し、空間的な広がりがないなか相互行為が営まれていました。武士の息子や長男次女といった血縁や属性などが社会から規定され、ローカルな空間に埋め込まれていた、と言えます。

一方、近代社会では、ローカルな空間から切り離され、同じ時間や空間にいない人々の間での相互行為が行われる脱埋め込みを遂げたと言えます。
 
三つ目は、「再帰性=リフレキシビティ」です。再帰性というのは、自分が自分自身を問い直し、考察していく考えのことを指します。再帰性を会得することによって、世界を合理的に見ていく思想が生まれます。

伝統社会では、伝統の知識や慣習が権威付けされ踏襲され続けました。それが、近代社会になると、知識の獲得により、新しい正当性が生み出されていきます。合理的知見に基づき自分達の行動が再構築されていくという考えが生まれるようになりました。

このように、近代化によって、時間に対する意識改革が起こり、鉄道が出現したことで人類にとって「速度」が非常に大切な概念となりました。時間の外在化により、一つの時間のなかに、さまざまなレイヤーで社会や営みを組み込んで行くことができることに人々は気づきます。

やがて、ひとつの世界の中にヨーロッパやアジア、アフリカなどそれぞれの歴史や宗教が並存していることに気づくようになります。この気づきが、比較宗教学を生み出します。さらに、多様化の時代に入ると、時間感覚は進歩主義をもたらし、私たちの営みを豊かなものにしていきました。

ベンサムの功利主義と自由市場

一方で、こうして時間の概念を獲得した文明は、社会が進歩していていくことを「速度」になぞらえ、「速さ=右肩上がりの進歩」という勘違いした概念が定着していきました。社会は普遍的に進歩するものだという錯覚を持ち、西洋化していない国々を遅れた社会と定義するようになります。そして、「民主主義を経て先進国になること=幸せ」という図式を盲目的に信じていきました。発展途上と先進国という概念は、この時代に生まれたのではないかと分析します。

また、この時代にニュートンの万有引力に代表されるように、さまざまな科学分野が発達します。そして、ニュートンの万有引力のような隠された永久不変の法則が、実は人類の社会一般にもあるのではないかと社会科学者たちが思いはじめるようになります。

代表的なのが、社会科学者のジェレミ・ベンサムです。「最大多数の最大幸福」という功利主義を提唱します。ここでは、人間を規定する際、経験を重視し、快楽と苦痛に支配される存在であるという見方を取ります。そのうえで、ある行為が道徳的に善いか悪いかの判断基準は、その行為が人々の幸福を全体として増大させるか否かにあると主張しました。社会全体の幸福がなるべく最大になることが善いとし、この考え方により民主主義が強化されていきました。

このようなベンサムの思想をはじめ、進歩や自己研鑽などいくつものさまざまな概念が結び付いていきました。やがて、それらによって、資本主義の思想的土台が醸成されていきました。

そして、この時代の思想が現代資本主義の6つの弊害に直結しているとコテンメンバーは結論付けていきます。



ポランニーの危惧する自由主義の危うさ

6つの弊害に対して、第二次世界大戦期に出てきたポランニーという経済人類学者は、ヨーロッパ人たちが正しいと思っていた自由市場の概念に疑問を呈します。

なんだか当たり前のような話ですが、もともと、自由市場を生み出す社会基盤があったからこそ、自由市場は生まれました。しかし、自由市場経済はさながら自分のしっぽを食うトカゲのような破滅性を孕んでもいます。そこには、自由市場を成り立たせる、富を作るための個や家族が生きていくための社会基盤を破壊する作用があるということをポランニーは指摘します。

そして何でも粉々にして自己犠牲により24時間フル稼働し、労働力を売り捌くことができる経済システムを「悪魔の挽き臼」と喝破します。

核家族化された人々は、当たり前のように利益の追求を行います。大量消費、出世欲などに拍車がかかり、まるでそれが社会的に「普通のこと」であると信じ込んでの行動をとっています。しかし、一人ひとりはなぜそこに向かっているのかということを理解していません。

なぜ、ここまで盲目的に機械の歯車化してしまっているのでしょうか。コテンメンバーは、人々がいまの私たちの生活全般の営みが社会の中に完全に埋め込まれている状態であると説きます。それはもはや、システムではなく、OSの状態であることを指します。思考概念が社会の枠組みに規定されてしまっている、というのがコテンメンバーの考えです。

人類が自由主義経済を肥大させていくことによる資本主義の矛盾の拡大(環境破壊や貧困)は増すばかりです。グローバルな市場と人間存在の本質的な矛盾に対して、ポランニーは問題を提起しているのです。人間の自由な意思とは何か?人の幸せのための経済とは何かを考えさせられます。


さて、次回は経済学の観点から資本主義を見ていきます。どのようなことが議論されて、何を問題とし、どのような解決策が取られようとしてきたかを探っていきます。


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株式会社COTENの広報活動として2018年11月に始まった歴史系Podcastです。株式会社COTEN 代表の深井龍之介氏、メンバーの楊睿之氏と株式会社BOOK代表の樋口聖典氏の3名が、日本と世界の歴史を面白く、かつディープに、そしてフラットな視点で伝える人気番組です。Podcast、Youtube、Voicyなどで配信しています。。
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