反怖謙一の「ABC」通信 永続こそがすべて
ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。
人間は、知らないものは欲しがれない生き物です。かの実業家スティーブ・ジョブズ氏は、「消費者に何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない」との信念のもと、自らが描いた革新的な製品を次々と世に送り出しました。いちばん正しい未来予測は、未来を発明することとも言われますが、実際に彼は「あなたと僕は未来を創るんです」と人々に語りかけ、誰も予想できない未来を実現させました。
彼が日本のファンだったこともあり、その未来開拓に大きな影響を与えたのがソニー株式会社の共同創業者、盛田昭夫氏でした。ジョブズ氏は、トランジスタラジオやウォークマンなど革新的な製品を次々に開発して世に送り出してきた盛田氏の業績を称賛しています。その盛田氏の業績は、とかく革新的な製品開発力にスポットライトが当たりがちですが、あわせて非常に優秀な経営者の一面をもっておられたようです。
盛田氏の経営者としての信念の一つが、製品開発力を磨くだけではなく、発明をビジネスに結びつけることでした。平素、こんな話をされていたようです。
「単にユニークな製品を作りだすだけでは、そして特にそれでよしとしてしまっては、本当のインダストリーとしての成功は達成できないということである。発明発見は大切なものである。しかし忘れてはならないことは、それをどうビジネスに結びつけていくかということだ。それには常に製品を鍛え、より完全なものにしていく努力、市場の動きを見きわめて、本当に適した製品企画を続けていなければならない」(盛田昭夫著、下村満子著・訳『[新版]MADE IN JAPAN』PHP研究所、2012年)。
盛田氏は、発明や開発自体が大事なのではなく、発明・開発したものを製品化して売り出すことこそが大切なのだと訴えます。盛田氏は強調します。
「良いアイデアを得たり、すばらしい発明をしても、なおかつ、バスに乗りおくれることもある。従って製品企画(それはある製品に対しどのようにテクノロジーを使うかということなのだが)に独創性が求められることになる。良い製品ができたら、次はマーケティングにも独創性が必要となる。テクノロジー、製品企画、マーケティングの三つの分野に独創性が発揮されてはじめて、消費者は新技術の恩恵に浴し得るのである。しかもそうした各分野の協同作業が効果的に行われるような組織体がない限り、ビジネスとしての結実を見ることはむずかしい」(同)
盛田氏は、常に発明・開発した製品を、技術と販売の両面から考えつつ、その製品が売れるか売れないかを独自の視点で看破していました。当然ながら、いくら独創性がある製品を開発しても、顧客ニーズのないものでは商売になりません。何を売るかはもちろん重要ですが、どう売るか、そしてどう利益化するかも同じくらい重要です。創業以来、会社は潰れるものとの前提を忘れず、たゆまぬ努力を継続したからこそ同社はここまで成長したのでしょう。
会社にとっての価値とは「永続」です。なぜなら、永続こそが会社を取り巻くすべての人々を幸せにするからです。この連載は今号をもって最終回となります。これからも皆さんの会社の永続と繁栄を、心より祈念しております。
◎「SMBCマネジメント+」2023年3月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。