特集 ― ビジネスを進化させるM&A活用術 【総論】コロナ禍を生き抜く中堅中小企業のM&A経営戦略

コロナ禍で岐路に立つ中堅中小企業にとって、M&Aの活用は欠かすことができない企業戦略である。より業態拡大を図りたい企業にはビジネスチャンスの糧として、事業承継に悩む企業には廃業を回避する選択肢の一つとして、さまざまな活用パターンを識者が解説する。まずは株式会社日本M&Aセンター代表取締役社長の三宅卓氏に、厳しい環境下を生き抜くための経営戦略について聞いた。




世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大し、昨年4月に最初の緊急事態宣言が発出されました。その結果、4月~6月の3カ月間、中堅中小企業の経営者は非常に厳しい状況に直面しました。


多くの中堅中小企業が資金繰りに窮し、銀行から緊急融資を受けたり、政府の給付金を申し込むなどしてしのぎました。しかし、7月以降も経済状況は元に戻らず、先の見えない非常に厳しい環境での経営を余儀なくされました。こうした中、中堅中小企業においては大きく2つの流れが加速しました。


1つめは事業承継の前倒しです。日本には約380万人(2014年)の中小企業・小規模事業者の経営者がいます。その経営者が2025年までにその座に就いていた場合、約245万人が70歳以上となり、そのうち約127万人が後継者未定になるという中小企業庁の推計があります(図表1)。そうなる前に、M&Aも含めて自分の会社をどうするか真剣に考えなければなりません。




とはいえ、事業承継は大変な時間と労力を要するため、多くの経営者が先送りしてきました。それが今回のコロナ禍で、事業承継を前倒ししたいという経営者が増えたのです。実際、弊社でも面談件数はコロナ前より減少しましたが、譲渡を希望する企業の受託件数は120%にまで伸びました。それだけ会社を譲渡したいというニーズが多いということです。


2つめは長引くコロナ禍によって業績の戻りが鈍いため、黒字化のめどが立たず、傷口が浅いうちに廃業を選択する動きが目立ってきたことです。過去の蓄積があるうちに廃業したいと考える経営者が、少なからずいます。



廃業による3つの問題


しかし、廃業には3つの大きな問題があります。第1の問題はオーナー経営者に負債が残る恐れがあることです。帳簿上で資産が負債を上回っていれば正味財産が残ると思っている経営者もいるようですが、資産を売却して現金化し、それを負債の返済に充てて一件落着とはなかなかいきません。

いざ資産を売却しようにも、バランスシート上の価格で売れないケースもありますし、資産を売却する際にコストがかかることもあります。それらを考慮すると、実は負債よりも多いと思っていた資産がどんどん目減りして、資産売却では負債を払い切れないという場合が大半なのです。


第2の問題は、廃業によって従業員やその家族が不幸になるケースがあります。中堅中小企業の従業員の勤め先が廃業になって再就職先が見つからなかった場合、その家族はどのような生活になるでしょうか。


第3の問題は、代々伝承されてきた企業や店舗の技術や文化が途絶えてしまうことです。例えば、伝統工芸を生み出す企業が1件廃業するだけで、地域のかけがえのない文化が失われてしまうという事実をよく考えなければなりません。こうした企業は皆、地元に雇用を創出し、そこで生活する人々を通じて、文化伝承に寄与しているのです。その中堅中小企業が廃業することは、地元文化が伝承されなくなることを意味します。


日本では今、廃業する企業が非常に増えています。株式会社東京商工リサーチのデータによると、昨年は政府や自治体、金融機関の資金繰り支援策があったため、倒産した企業数は7,773件で前年比7.3%減でしたが、休廃業・解散した企業数は4万9,698件で、前年比14.6%増でした(図表2)。この廃業をできるかぎり減らす方法の一つがM&Aです。





1本足経営からの脱却


M&Aといっても、単に2つの企業が合併するだけでは何も意味がありません。大事なのは戦略性をもったM&Aを行うことです。


中堅中小企業の経営者の中には、このコロナ禍をじっと我慢すればそのうち売り上げは元に戻ると楽観視している方もいますが、恐らく元には戻らないでしょう。


例えば飲食店を営んでいるA社とB社は売り上げが30%に激減したとします。A社は在宅勤務が増えているので宅配やテイクアウトメニューを充実させ、SNSに料理の写真を積極的にあげてPR展開し、さらに日本全国に通販するなどさまざまな取り組みを行った結果、70%まで売り上げを戻しました。


一方のB社はコロナ禍が終われば、売り上げも元に戻ると期待して、じっと我慢していました。そしてコロナ禍が明けたとき、A社とB社はどうなるのかというと、A社の売り上げは100%に戻るだけでなく、120%、あるいは140%というように上乗せも期待できます。しかし、コロナ禍の時期に何の工夫もせずにいたB社の売り上げは100%には戻らないでしょう。なぜならA社にファンを奪われるからです。


このコロナ禍は最大の危機であると同時に、最大のチャンスでもあります。これからの時代は、ウイルスの感染拡大だけでなく、国際情勢や自然災害など、さまざまなリスクを考えて経営する必要があります。

このようなリスクだらけの時代を乗り切るためには、1つの分野、1つの技術、1つの特色だけに頼る1本足経営から脱却しなければなりません。今後は、相乗効果が期待される企業と戦略的なM&Aを行い、2本足、3本足の経営を目指す必要があるのです。



PROFILE


三宅 卓(みやけ・すぐる)
株式会社日本M&Aセンター 代表取締役社長
大阪工業大学工学部経営工学科卒業後、日本オリベッティ株式会社で会計事務所や金融機関への企画・販売担当を経て、1991年に株式会社日本M&Aセンター立ち上げに参画。数百件のM&A成約に関わり、陣頭指揮を執った経験から、「中小企業M&Aのノウハウ」を確立し、その品質向上と効率化を実現する。さらには、営業本部を牽引し大幅な業績アップを実現して同社の上場に貢献。中堅中小企業のM&A実務における草分け的存在。



◎取材・文/鈴木雅光 撮影/豊島 望

◎「SMBCマネジメント+」2021年6月号掲載記事

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