Netpress 第2241号 どうなる? どうする? 物価高・インフレ下における中小企業の会計上の留意点
1.物価高・インフレの状況が続くことによって、企業の会計処理のうえでも影響が出ることが懸念されます。
2.その影響は子会社や投資先等にも及びますが、自社が直接的に受ける影響に絞って解説します。
公認会計士・税理士
森 智幸
以下では、一定規模の非上場会社の多くで適用されている「中小企業の会計に関する指針」(以下、「中小会計指針」といいます)を前提として、物価高・インフレ下における中小企業の会計上の留意点について解説します。
1.自社の固定資産に関する留意点
物価高・インフレのもとでは、店舗や支店の売上や営業利益が減少する可能性があります。場合によっては、店舗や支店の縮小や閉店を考えなければならなくなるかもしれません。
(1)固定資産の除売却
店舗や支店の縮小や閉店に至った場合、有形固定資産を除売却するケースも出てきます。有形固定資産の除売却では、会計上、固定資産除売却損益が発生します。除売却益は特別利益に、除売却損は特別損失に計上します。
(2)違約金や解約金の発生
店舗等を賃貸契約していたり、備品をリース契約していたりする場合には、賃貸借契約解約違約金やリース解約違約金が発生する可能性があります。
このような違約金について、引当金の計上要件(①将来の特定の費用または損失、②発生が当期以前の事象に起因、③発生の可能性が高い、④金額を合理的に見積もることができる)を満たす場合は、これらに係る引当金を計上します(中小会計指針49)。したがって、違約金等が発生しそうであれば、引当金の計上の要否の検討が必要になります。
(3)減損会計の適用
中小会計指針では、減損会計基準の適用は技術的に難しい面があるなどの理由から、簡便的な処理となっています。そのため、店舗や支店に営業損失が発生したり、閉店の決定を行ったりしても、中小会計指針においては、ただちに減損会計の適用の要否を検討する必要はないといえます。
(4)重要な後発事象の注記
決算日後に、店舗や支店の閉鎖を取締役会などで決定した場合、その閉鎖が与える影響の重要性に応じて、重要な後発事象の注記の記載の要否を検討することになります。ただし、会社計算規則では、注記要件が次のように規定されています(会社計算規則98条2項1〜3号、中小会計指針83)。
①会計監査人設置会社以外の株式会社(公開会社を除く)……注記は要求されない
②会計監査人設置会社以外の公開会社……注記が必要
③会計監査人設置会社……注記が必要
2.自社の棚卸資産に関する留意点
物価高騰によって消費者がモノを買い控えするようになると、小売、卸売において棚卸資産の滞留が発生し、販売価格や卸売価格の下落が生じる可能性もあります。
(1)棚卸資産の減損の検討
棚卸資産の滞留や販売価格、卸売価格の下落が生じた場合は、棚卸資産の減損の検討を行う必要があります。
具体的には、棚卸資産の期末における時価が帳簿価額より下落し、かつ、金額的重要性がある場合には、時価をもって貸借対照表価額とします(中小会計指針27(1))。また、この場合の「時価」とは、原則として、正味売却価額(売却市場における時価から見積追加製造原価と見積販売直接経費を控除した金額)をいいます(中小会計指針27(2))。
なお、帳簿価額を切り下げる場合の下落基準について具体的な割合は示されておらず、棚卸資産の種類や市場の状況等の特性を勘案し、個別に判断します(中小会計指針27(3))。
この金額的重要性の判断基準については、棚卸資産の種類等別に下落基準を社内で決めておくとよいでしょう。
(2)表示上の注意点
棚卸資産に係る簿価切下額の表示は、次のように定められています(中小会計指針29(1))。
① | ②・③以外のもの……売上原価 |
② | 棚卸資産の製造に関連して発生するもの……製造原価 |
③ | 臨時の事象に起因し、かつ、多額であるもの……特別損失 |
注意すべき点は、原則は売上原価または製造原価として表示するということです。
特別損失として計上するには、一定の要件を満たす必要があります。臨時の事象の例としては、重要な事業部門の廃止、災害損失の発生があります(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」17)。特別損失への計上要件が厳格となっているのは、営業損益、経常損益の減少を恣意的に回避する行為を防ぐためです。
(3)金額に重要性がある場合
中小会計指針では、棚卸資産に係る簿価切下額のうち、重要性のあるものについては、注記による方法または売上原価等の内訳項目として表示することが望ましいとされています(中小会計指針29(2))。
3.自社の売掛金・受取手形に関する留意点
物価高騰の影響により、取引先の業績が悪化すると、自社の売掛金や受取手形の回収にも問題が出てくる可能性があります。その場合、回収可能性と貸倒引当金についての検討が必要になります。
(1)貸倒引当金の原則的な算定方法
売掛金や受取手形について取立不能のおそれがある場合には、取立不能見込額を貸倒引当金として計上する必要があります(中小会計指針18(1))。
この取立不能見込額は、取引先である債務者の財政状態と経営成績に応じて、「一般債権」「貸倒懸念債権」「破産更生債権等」の3つに区分されます。この区分に応じて、貸倒引当金を計算するのが原則です。
(2)法人税法上の基準による算定方法
中小会計指針では、2011年度税制改正前の法人税法の区分に基づいて算定される貸倒引当金繰入限度額が、明らかに取立不能見込額に満たない場合を除き、当該繰入限度額をもって、当期の貸倒引当金繰入金額とすることができるとされています(中小会計指針18(3)②)。実務では、こちらを適用している株式会社が多いと思われます。
法人税法では、一括評価金銭債権と個別評価金銭債権に区分します。法人税法は貸倒引当金の繰入限度額を厳格に定め、特に個別評価金銭債権の貸倒引当金は、特殊な状況下でないと計上できないものとなっています。
ただし、中小会計指針では「明らかに取立不能見込額に満たない場合を除き」とされているので、返済が滞り始めた取引先の経営成績や財政状態を把握できるようにして、取立不能見込額を算定しておく必要があります。
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