Netpress 第2207号 法制化も視野に 中小企業にも求められる人権デュー・デリジェンス

Point
1.人権デュー・デリジェンスをはじめとする人権対応への取り組みは、喫緊の経営課題という認識が必要です。
2.ここでは、人権デュー・デリジェンスの概要と、中小企業にもできる人権リスクへの現実的な対応を探ります。


松田綜合法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
水谷 嘉伸


人権デュー・デリジェンス(人権DD)は、「企業のステークホルダーの人権への負の影響を特定、予防、軽減し、対処方法に関する説明責任を果たすためのプロセス」などと定義されます。


よりかみ砕いていえば、「企業がその事業活動において人権侵害を行っていないか調査・評価し、その対応と開示をする一連の手続き」を指します。


ここでいう「企業のステークホルダー」とは、「企業が人権尊重責任を負う利害関係者」です。自社の従業員はもちろんですが、取引先の従業員、顧客、地域住民等を広く含みます。

1.海外で法制化が進む「ビジネスと人権」

人権DDをはじめ、企業に人権課題への対応を求める「ビジネスと人権」の分野は、欧米を中心に、海外では急速に法制化が進んでいます。


一方、日本では、政府も企業も対応が後手に回っていましたが、海外で企業による人権対応が急速に進むなか、政府は、このままでは日本企業が世界のサプライチェーンから排除されかねないとの危機感を強め、直近では後述のガイドラインを策定しています。かたや日本企業は、人権課題について危機感を抱いて取り組んでいるところは少なく、特に中小企業においては、自社とは関係のないテーマであると考えていることも多いように思われます。


しかし、「ビジネスと人権」は、中小企業の経営にも大きな影響を及ぼすテーマとなっています。海外展開している会社だけでなく、国内のみで事業をしている会社も、「自分ごと」として取り組む必要性を強く認識する必要があります。


たとえば、取引先が外国人労働者を劣悪な労働環境で働かせており、そこで製造された部品を自社が仕入れていたことが発覚した場合、次のような悪影響が自社に及ぶ可能性が高まっています。



信用低下を招き、SNS等を通じた消費者の不買運動等に発展するレピュテーションリスク

金融機関から投融資を引き揚げられる財務リスク

大手企業等から取引を打ち切られる等の事業リスク


実際に、下請工場で外国人技能実習生が低賃金で長時間の労働に従事させられている実態がメディアに取り上げられ、SNS等を通じた不買運動に発展した騒動が耳目を集めました。日本企業の人権対応が停滞したままでは、このような事例が頻発することにもなりかねません。


人権DDは、企業が実践するべき人権対応の中心となるものです。その理解を深めておくことは、企業の経営者・従業員を問わず、今後、事業活動を行ううえで極めて重要であると考えられます。

2.中小企業がとり得る現実的な対応

人権DDは、その調査対象や捕捉されるべきリスクが広範囲にわたることから、特に中小企業においては、その必要性を認識しつつも、マンパワーやコストの観点から対応できない、何から手を付ければよいかわからない、といった声も聞かれます。しかし、人権対応をしないことで企業が抱え込むリスクは、日増しに高まっています。


そこで、人的・財政的リソースが限られている中小企業は、例えば次のような基準・方法により、人権DDの範囲を限定して取り組みを始めることも現実的な対応と思われます。


(1)人権リスク・取引先の選別

【対象とする人権リスクの選別】


人権DDにあたり、それぞれの企業の事業活動の過程で発生する可能性の高い「人権リスク」を特定する必要があります。事業部門、グループ会社、製品、取引先等の属性ごとの区分で「人権リスク」を検討し、後述の政府ガイドラインも参照しつつ、自社の事業活動で発生する可能性の高い人権リスクとその事業領域を選別する方法が考えられます。


【対象とする取引先の選別】


自社(とそのグループ会社)を人権DDの対象にするのは当然として、取引先について、どの範囲まで対象に含めるかを決める必要があります。具体的には、次のような検討を行うことになります。



直接の取引先が取引をしている間接取引先を含めるか

海外の取引先を含めるか

サプライヤー(仕入先)のみならず、顧客(販売先)も対象とするか


中小企業においては、原則として、人権DDの対象を「直接の取引先」である「国内」の「サプライヤー(仕入先)」に当面限定して実施することも、現時点では特段不合理ではないでしょう。むしろ、その第一歩を踏み出すことの意義のほうが大きいと考えられます。もちろん、この限定により範囲外とされた取引先であっても、人権DDの過程で高い人権リスクが明らかになった場合には、当該取引先については積極的な人権対応が求められます。


(2)リスクの洗い出し、調査範囲と調査方法

次に、人権リスクを具体的に洗い出し、人権DDを実施する調査範囲を確定します。


対象とする人権リスクと取引先を絞っても、洗い出される人権リスクは多岐にわたることも想定されますので、人権侵害の「深刻度」と「発生可能性」をふまえて優先順位を付け、調査範囲を確定することになります。


そのうえで、実際の調査方法については、資料の精査やオンライン上の調査に加えて、現地調査やステークホルダーへのインタビュー等の実地調査を実施することが、人権リスクを具体的に確認・評価するために求められます。


しかし、中小企業が、人権DDのあらゆる場面で、厳格な実地調査や「ステークホルダー・エンゲージメント」を実施することは現実的ではないでしょう。そこで、取引先等の他社に対しては、たとえば質問票を送付して回答を求めるセルフアセスメントを一次的に実施し、回答内容に懸念がある場合には、より踏み込んだ調査(管理職層・工場長等へのインタビューや現地調査など)を求めるといった対応も当面はやむを得ないと考えられます。下流の大手企業等と協働することができる場合等には、より大がかりな人権DDの実施を追求することも合理的な判断でしょう。


人権DDを始めとする人権対応は、短期的にはコスト・工数の増加や時には事業モデルの転換を迫るものであり、企業としては、容易には事業の中に取り込みづらいテーマであることも確かです。しかし、人権対応をないがしろにして利益のみをひたすら追求する企業は、もはや生き残ることができない時代になりつつあり、中小企業もその例外ではありません。奇しくも政府は新たに「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」を策定し、本記事が配信される頃には、その内容が確定し、公表されているものと思われます。


このような動きをみても、人権DDを始めとする人権対応を行っていくことは、中小企業においても、自社の存続と持続的な成長発展のために取り組むべき「待ったなし」の差し迫った経営課題であるという認識が必要です。



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