Netpress 第2202号 予防・解決法は? 賃貸物件の退去にまつわる法律知識とトラブル防止策

Point
1.オフィスなどの賃貸物件を退去しようとする際には、思わぬトラブルに遭遇することも少なくありません。
2.原状回復工事やその費用、立退料に関して押さえておきたい法律知識や実務のポイントを確認します。


弁護士 大和田 準


1.原状回復の範囲(原則)

原状回復とは、賃借人が賃借物を受け取った後に生じた損傷を、賃貸借契約終了時に、賃借物を受け取った時の状態に回復することをいい、賃借物に附属させた物を収去する義務(収去義務)と併せて、原則として賃借人の義務とされます(民法621条)。


ただし、次の損傷等は、原則として原状回復義務の範囲外とされます。


① 賃借人の責めに帰することができない事由による損傷
② 通常の使用・収益によって生じた賃借物の損傷、賃借物の経年変化


ただし、どのような損傷や変化が原状回復義務の範囲外とされる①や②に当たるのかという点については、法律上、明確にはなっていません。


この点について、国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版・平成23年8月)が、妥当と考えられる一般的な基準を公表しています。


また、都道府県などが、紛争を防止するための条例やガイドラインを定めていることもあります。


もっとも、こうしたガイドラインも近時の裁判例や取引等の実務を考慮した一般的な基準にとどまり、具体的な事案における結論は、最終的にはケース・バイ・ケースです。


原状回復をめぐって賃貸人とトラブルになった際は、弁護士等の専門家に相談することが推奨されます。

2.原状回復の範囲に関する特約の有効性

原状回復の範囲については、当事者間で民法の原則と異なる特約をすることも可能です。したがって、契約時には特約の有無をよく確認する必要があります。


ただし、判例や前記国土交通省住宅局のガイドラインによれば、特に居住用の物件で賃借人が消費者である場合、通常損耗や経年変化に対する修繕義務を賃借人に負担させる特約は、その必要性や客観的、合理的理由などが存在しなければ、「消費者の利益を一方的に害するもの」として、無効とされる可能性があるとされます。


実務上、特約はエアコンの清掃費用やルームクリーニング費用などに費目を限定したり、金額を具体的に定めたりしたうえで契約書に明記されている場合が多いと思われます。


他方で、事業用物件の場合は、このような消費者保護の理念は妥当しないとされ、実務上、通常損耗や経年変化についても当然に原状回復の範囲に含むとする契約が少なくありません。


特に事業用物件の賃貸借契約を締結する場合は、原状回復の範囲がどのように定められているのか、しっかりと確認する必要があります。

3.原状回復費用の妥当性

賃貸人が原状回復工事の施工業者を指定する契約になっている場合に、賃借人からみて施工費用が高過ぎて納得できないというケースもしばしば存在します。


原状回復費用は、用いる資材の品質や工程のグレードの程度、施工時の物価などによって変動するため、一律に妥当な金額を法的に定めることは困難とされています。


原状回復費用をめぐって、実務では、賃借人が他の施工業者から相見積もりを取得したうえで、次のような交渉をすることも少なくありません。


・賃貸人ではなく、賃借人が指定する業者により原状回復工事を行うことを求める
・賃貸人が指定する業者により原状回復工事を行うのであれば、賃借人が見積もりを取得した業者と同等額での実施を求める


もっとも、賃貸人は、施工品質を担保すべきことや、仮に賃貸人が提示した原状回復費用を賃借人が承諾しなくても、敷金を原状回復費用に充当すれば提示した費用を回収できる(賃借人がこれを争うとすれば訴訟をするほかない)ことから、このような交渉には応じないことも多いと思われます。


そのため、賃借人としては、他社から相見積もりをとって原状回復費用の減額交渉を試みる一方で、想定よりも高額の原状回復費用を請求される可能性があることを念頭に置いて対応を考える必要があります。


いずれにせよ、一律に妥当とされる原状回復費用の相場は存在しないため、賃貸人が交渉に応じずに敷金を充当した場合、賃貸人が提示した費用と賃借人が妥当と考える費用の差額について、賠償を請求することは困難な場合が多いといえます。

4.立退料にまつわる留意点

立退料とは、「建物の賃貸人が、建物の明渡しの条件として、または建物の明渡しと引換えに、建物の賃借人に対してする財産上の給付」をいいます(借地借家法28条)。


賃貸人は、普通賃貸借契約では「正当の事由」がなければ賃貸借の更新を拒絶できません。そのため、「正当の事由」を補完する事情として、立退料の支払いを提案することがあります。


立退料は、退去の条件・引換えとして賃貸人から提案するものですから、退去前の交渉段階では、賃借人から立退料の増額を求めることが可能です。


しかし、合意に至らない場合に、退去の前後を問わず、賃借人から立退料の支払いや増額を求めて訴訟を提起することはできません。


立退料の額に不満があり、合意に至らないときの賃借人の対応は、基本的に賃貸借の終了には応じず、賃借を続けるということになります。


立退料の額に納得できずに賃借人が賃借を続けた場合、賃貸人は「賃貸借の更新を拒絶した」と主張して、明渡しを求めて提訴するほかありません。この場合、賃借人は、妥当と考える立退料の支払いを条件・引換えとするのであれば明け渡すと反論し、妥当な立退料の額を争うことになります。


訴訟では、立退料について、裁判所が選任する不動産鑑定士などの専門家が妥当な額を算定します。おおむね、①借家権価格、②立退きに伴う補償(引越費用や営業補償など)、③開発利益(建替えによって拡大される賃貸人の収益)の分配、などの諸要素を総合考慮して判断されます。


ただし、立退料の額について法律には特に規定がないことから、最終的には具体的な事案に応じて個別に算定されることになります。



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