Netpress 第2188号 セキュリティ管理の第一歩 実効性のある正しい秘密保持契約の結び方
1.自社の情報が漏えいすることを防ぐために、中小企業でも秘密保持契約を結ぶケースが増えています。
2.ここでは、従業員の入社と退職時、特定のプロジェクトへの参加時の契約の結び方について解説します。
弁護士 浅見 隆行
1.秘密保持契約の必要性
情報漏えいを防ぐ目的で情報管理規程や情報管理基準を定め、情報の保管場所、情報へのアクセス権限、情報の取り扱い方法などをルール化している企業が増えています。しかし、いくらルールを定めても、従業員に周知・浸透していない場合や取引先の意識が低い場合には意味がありません。
そこで、従業員1人ひとりに情報管理への意識を高めてもらい、万が一の際に損害賠償請求などの法的措置をとれるようにするための方策の1つが、「秘密保持契約」の締結です。取引先との秘密保持契約の締結も目的は同じです。
2.秘密保持契約のポイント
以下では、「従業員の入社時」「従業員の退職時」「特定のプロジェクトへの参加時」に分けて、秘密保持契約の留意点を説明します。
(1)従業員の入社時
多くの企業では、新卒者の採用時あるいは他社からの転職者が入社する際に、秘密保持契約を締結しています。「秘密保持契約」「誓約書」「守秘義務契約」など、タイトルの違いはあっても、その内容はおおむね次のとおりではないでしょうか(守秘義務に関する条項だけを例示します)。
私は、貴社に入社するにあたり、業務中に知った情報および知り得た情報については、貴社の書面による承諾なしに、貴社の業務以外の目的で使用せず、また第三者に対して開示、漏えい等しません。 |
この内容でも、最低限の守秘義務を従業員に課していることにはなります。しかし、情報管理に対する従業員の意識を向上させるという観点から考えたときには、この内容では不十分です。
①秘密にすべき情報の具体化
社会人経験がない新入社員は、「業務中に知った情報および知り得た情報」を目的外で利用してはいけない等の制限を課されても、そもそも何が「業務中に知った情報および知り得た情報」なのかをイメージできません。
そこで、新入社員には知識や経験がないことを踏まえて、「会社にとって秘密にすべき情報は何か」を例示する必要があります。「製品開発に関する技術資料、製造原価、販売価格に関する情報、取引先・仕入先の社名等情報」というように、具体例を挙げるのです。
②禁止行為
目的外利用の禁止、第三者への開示、漏えいの禁止など、禁じられる行為の内容にも同様の工夫が必要です。
過去には、取引先の未公表の新商品の写真をSNSに掲載したり、発注先から取得したデータをクラウドサービスの個人アカウントに保存したりして、問題が生じたことがあります。
そこで、「SNSにアップする、データを私用アドレスにメールで送信する、USBメモリなどに記録して持ち出す、社外のクラウドサービスにデータを保存するなど、第三者への開示、漏えい等はしない」というように、実際に会社が禁じたい行為の具体例を挙げるようにします。
③転職者による情報の持ち込みの防止
転職者が前職で入手した情報の持ち込みも防ぐ必要があります。その情報が前職での秘密情報である場合、転職者とともに、転職者を採用した企業も、前職に対して損害賠償義務を負う可能性が出てくるからです。
そこで、転職者には入社時に「前職での情報を保有していないこと」「前職で得た情報を不正使用、不正開示しないこと」を秘密保持義務として課すことが必要です(下参照)。
■転職者との秘密保持契約の例(該当部分のみ)
1. | 私は、第三者の秘密情報を含んだ媒体(文書、図画、写真、USBメモリ、DVD、ハードディスクドライブその他情報を記載または記録するものをいう)を一切保有しておらず、また今後も保有しません。 |
2. | 私は、貴社の業務に従事するにあたり、第三者が保有するあらゆる秘密情報を、当該第三者の事前の書面による承諾なくして貴社に開示し、または使用もしくは出願(以下「使用等」という)させない、貴社が使用等するように仕向けない、または貴社が使用等しているとみなされるような行為を貴社にとらせません。 |
3. | 私が貴社に入社する前に、第三者に対して守秘義務または競業避止義務を負っている場合は、必要な都度その旨を上司に報告し、当該守秘義務および競業避止義務を守ります。 |
(2)従業員の退職時
営業職や技術者がライバル企業に転職するときや独立するときに、退職後の秘密保持義務の対象となる情報と禁止行為の内容を具体化する、という考え方は、入社時と同じです。
とはいえ、従業員が退職してしまえば会社との雇用契約は終了します。また、情報は陳腐化することも考えられます。
そこで、退職者の秘密保持義務は、情報を秘密として保護するに値する相当期間に限ることが一般的です。
また、退職後すぐに同業他社に転職する場合には、情報漏えいのリスクは高くなります。そのため、退職後の秘密保持義務とあわせて、ライバル企業に転職しないように競業避止義務を課すこともあります。
(3)特定のプロジェクトチーム、技術開発チームへの参加、異動時
会社の命運を賭けた商品やサービスを企画・開発する場合等には、社内にプロジェクトチームや技術開発チームを立ち上げることがあります。
こうしたプロジェクトチームに従業員が参加するときには、入社時の守秘義務契約、誓約書とは別に、改めて秘密保持契約を締結することがよくあります。プロジェクトチームや技術開発部門で取り扱う情報は、より一層厳重な情報管理が求められるからです。
具体的には、秘密とすべき情報が増え、かつ、「チームメンバー以外には開示してはならない」「研究室の外にさえ情報を持ち出すことができない」「プロジェクトチームが終了したときにも情報や情報を記録した媒体を漏らさない」など、禁止される行為が増えることになります。
企業秘密全体の管理方法については、経済産業省が「営業秘密管理指針」と「秘密情報の保護ハンドブック」というガイドラインを作成し、ウェブサイトに掲載しています。
特に「秘密情報の保護ハンドブック」は、従業員入社時の誓約書や取引先との秘密保持契約について、複数のパターンのひな型を提示しています。現場で使用する契約書のひな型を持っていない企業などは、こうしたひな型を参考にするとよいでしょう。
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