Netpress 第2145号 法的リスクを回避 業績悪化に伴って退職勧奨を行う際の留意点
1.長引くコロナ禍によって経営不振に陥り、やむを得ず人員削減を図る中小企業が増えています。
2.雇用コスト削減措置の典型例ともいうべき退職勧奨の適法な進め方とトラブル回避のポイントを解説します。
弁護士 梅澤 康二
「退職勧奨」とは、企業が労働者に対し、自主的に労働契約を解消することを促す行為全般を指します。
退職勧奨には、特定の労働者を対象とするものと、不特定多数の労働者を対象とするものがあります。後者は、大企業がリストラの一環として行う早期退職優遇制度等が該当しますが、中小・零細企業でこのような措置が講じられることは少ないでしょう。そのため、ここでは特定の労働者を対象とする退職勧奨にフォーカスして解説します。
1.退職勧奨の進め方について
退職勧奨には、法的な明文の規律・規定がありませんので、その手続や進め方についても法的な規律は特にありません。ただ、実務的には、特定の労働者に対する退職勧奨は、以下の流れで行われることが通常です。
(1)対象者の選別 | 会社が退職勧奨の対象とすることが適切・必要と考える労働者を選別する |
(2)対象者に対する説明 | 退職を求める理由・必要性について、対象者に十分な説明を行う |
(3)退職条件の提示 | 自主的退職の見返り・代償として、優遇条件等を提示する |
(4)退職合意の書面化 | 少なくとも退職願等の退職意思を明確化する書面を作成する。可能であれば、退職合意書で退職条件をすべて明確化する |
(1)対象者の選別
特定の労働者を対象とする退職勧奨ですから、まず対象者を選別しなければなりません。
この場合、対象者は1人のことも、複数名のこともあるでしょう。また、対象とすべき理由も、会社の業績悪化という企業側の理由の場合もあれば、勤怠不良や能力不足という労働者側の理由の場合もあるでしょう。
対象者の範囲や選別の理由についても、特段の法的な規制・ルールはありませんので、企業はいつでも、誰に対しても、どのような理由であっても、退職勧奨を行うことができるというのが原則的な考え方です。
したがって、会社が退職勧奨の対象とすることが適切・必要と考える労働者を選別すればよいことになります。
(2)対象者に対する説明
退職勧奨の対象者を選別した後は、任意での退職を求めていくことになります。
この場合、特に理由などを説明せず、ただ「辞めてほしい」という会社側の要望だけを伝える方法も許容されないわけではありません。しかし、常識的な観点およびリスク回避の観点から、退職勧奨を行う場合は、退職を求める理由・必要性について、相手に十分な説明を行うことが大切になるでしょう。
どの程度まで説明すれば「十分」なのかという問題がありますが、これはケース・バイ・ケースと言わざるを得ません。
対象者への説明は相手の理解を得ることを目的とする行為であり、退職を求める具体的な理由・必要性が、一般的・常識的な観点から理解できる程度に説明されていればよい、というのが1つの考え方になるでしょう。
(3)退職条件の提示
退職勧奨を行う場合、労働者側の自主的退職の見返り・代償として、企業が一定のパッケージ(優遇条件)を提示することが多くなっています。ここでいう退職パッケージは、退職金規程などの明文による退職制度とは別に、退職において特別に上乗せされるものとイメージしてください。
ただ、退職勧奨に際して、企業に退職パッケージを提示する義務はありませんし、労働者側に求める権利があるわけでもありません。パッケージを提示するかどうか、どのような内容とするかは、企業側に裁量があります。
企業が退職勧奨に際して提示する退職パッケージは、一般的には「特別退職金の提示」「年次有給休暇の買取り」「転職活動のための最終出勤日から退職日までの労務提供義務の免除」「再就職支援」などが考えられます。
これらの条件を適宜組み合わせるなどして、対象者の理解と納得を獲得するのが基本スタイルになるでしょう。
(4)退職合意の書面化
対象者が自主的な退職に同意すれば、退職の処理を進めることになります。
退職にあたって、退職届や退職願などの書面は、法律上、必須というわけではありません。しかし、こうした書面がないと、後日、労働者側から「退職に同意していない」「退職を強要された」「退職勧奨ではなく解雇された」などと主張され、トラブルに発展する可能性があります。また、退職にあたり一定の退職条件が提示された場合にも、労働者側から「そのような条件には合意していない」と主張され、やはりトラブルとなる可能性があります。
企業側としては、トラブルを避けるためにも、少なくとも退職届や退職願など労働者の退職意思を明確化する書面は作成するべきですし、可能であれば、退職合意書という形で退職条件をすべて明確化することが望ましいでしょう。
なお、労使間で退職合意書を作成する場合は、①退職・退職時期の合意、②退職条件の合意、③労働者側の誓約事項(守秘義務や競業避止義務等)、④権利義務の清算などについて定めるのが一般的です。
2.退職勧奨に伴う法的リスクの回避
退職勧奨は、これが「勧奨」に留まるのであれば違法な権利侵害行為とはなり得ませんが、「強要」に至った場合は、権利侵害行為として損害賠償の対象となります。
そこで、いかなる場合に退職「勧奨」が退職「強要」と評価されるかですが、残念ながら明確な基準はありません。
一般的には、相手の自由意思を制圧するような態様で退職を求める行為が退職「強要」であり、これに該当するか否かは、退職勧奨の理由、退職勧奨の回数・頻度・時間・方法、労働者側の対応などを総合的に考慮して判断されます。
たとえば、退職勧奨がある程度の合理的理由に基づくもので、当該理由について労働者側にきちんと説明がなされ、退職勧奨それ自体も30分程度の面談が1〜2回という程度であれば、「強要」と評価されることはまずないでしょう。
他方、退職勧奨が恣意的理由によるものであり、きちんとした理由の説明もなく、圧迫的に長時間の面談が繰り返された、あるいは労働者側が退職を明確に拒否しているのに執拗に退職を求めたという場合は、退職の「強要」と評価される可能性が相当高いのではないかと思われます。
このように、退職の「勧奨」であるか「強要」であるかは実態に即して判断されます。企業側は、これが「強要」と指摘されないよう、労働者側に十分な配慮をしながら退職勧奨に臨むべきです。
特に、昨今はスマートフォンを利用して簡単に録音・録画ができます。企業が退職勧奨を目的として労働者と面談する場合、そのやり取りはすべて録音されていると考えて慎重に行う必要があります。決して、相手を威圧するような言動(大声を出す、机を叩くなど)をしてはなりません。万が一、この様子が録音されていた場合、仮に退職勧奨それ自体が正当な理由に基づくものであっても、結果的に企業側が不法行為の責任を負う可能性があります。
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