Netpress 第1831号 思わぬ侵害をしていないか? ビジネスに不可欠の「肖像権」にまつわる常識
1.近年、画像や動画(以下、「画像等」といいます)を撮影したり、公表したりすることは、極めて身近になっています。
2.画像等を撮影・利用する際には、どのような場合に違法となるかを判断し、ときには違法リスクだけでなく、クレームを受けるリスクも考慮しながら、1件ごとに冷静に判断していくことが重要になります。
企業の広報活動において、人が写り込んだ画像等を撮影・公表する場面は増えています。自社のサービス・プロダクト、または自社イベント等に関する臨場感のある写真を広報目的で撮影し、速報性をもってその場でインターネット上に公表することは、特殊なことではなくなってきています。
そのような状況だからこそ、画像等の撮影・公表が無制限に許される性質のものではない点には、改めて注意が必要です。ここでは、「肖像権」という権利に関するビジネス上の留意点について解説します。
1.肖像権は誰にでも認められている権利
肖像権は、法律上の明文がある権利ではありませんが、最高裁判決を含む裁判例により、人格権に由来する権利として認められてきた権利です。
具体的には、みだりに自己の容ぼう・姿態を撮影され、これを公表されることを拒絶できる権利です。
肖像権は、著名人等に限られず、誰にでも認められる権利であることに注意が必要です。肖像権のもとになる人格権は、憲法上、あらゆる人に認められた権利であるため、肖像権も誰にでも認められる権利となっています。
肖像権を侵害した場合に企業が負うことになるリスクは、侵害を受けた者からの差止請求や損害賠償請求です。差止請求を受けた企業は、インターネット上の画像の削除や、書籍の回収などを行うことになる可能性があります。また、損害賠償請求を受けた場合、企業としては、被侵害者に生じた精神的苦痛に対する慰謝料を支払う必要が生じる可能性があります。
2.肖像権侵害となるケースとは
肖像権が問題となるとしても、すべてのケースにおいて、肖像権が優先するわけではありません。
形式的には肖像権侵害に当たる場合であっても、正当な取材行為等として、承諾のない撮影等が許されることもあります。具体的には、撮影・公表を行う者の表現の自由(これも憲法上保障されている自由です)と、撮影される側の自らの容ぼう等を撮影・公表されない人格的利益との比較衡量がなされ、場合によっては肖像の撮影や公表が適法とされる場合があります。
それでは、実際にどのような基準で適法性の判断がなされるかを見ていきましょう。
肖像権侵害の適法性に関する最高裁の判断基準におけるキーワードは「受忍限度」です。その基準となっている最高裁判例(最高裁平成17年11月10日判決・民集59巻9号2428頁)を紹介します。
この事案は、社会で広く耳目を集めた刑事事件の被告人について、刑事裁判の法廷内で隠し撮りをした写真を週刊誌に掲載したというものです。
最高裁は、まず、「人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する」と肖像権を定義しました。そのうえで、次のように判断基準を示しました。
「人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである」
このように、最高裁は、さまざまな要素を総合考慮した結果、被撮影者の肖像権の侵害が社会生活上の受忍限度を超える場合にのみ、違法行為になると判示しました。
3.肖像権侵害の具体的な判断要素
前述のとおり、肖像権侵害の適法性の判断においては、複数の要素を考慮することになりますが、違法と判断される可能性が高いのは、次の2つの要素を満たす場合です。
(1) 撮影対象の人物がはっきり特定できること
(2) 風景ではなく人物がメインとされた画像であること
(1) 撮影対象の人物がはっきり特定できること
人物がぼやけて写っていて顔が判別できないなど、被撮影者が誰かを容易に特定できないような場合には、そもそも対象者の人格的利益を侵害したとまではいえません。肖像権の侵害とはならないでしょう。
(2) 風景ではなく人物がメインとされた画像であること
顔が判別できるような写り方をしていても、風景をメインにした画像等で、たまたま特定の個人が写り込んでしまった場合や、不特定多数の者を全体的に撮影した場合には、受忍限度の範囲内といえる可能性が高いでしょう。
その逆に、特定の人物をメインに捉えて撮影するような場合は、肖像権の侵害となる可能性が高いため、後述のとおり、撮影・公表の同意を取ることを検討する必要があります。
その他の考慮要素として、まず「撮影の態様」については、たとえば撮影をしていることが外形的にわかりにくい態様で撮影する場合には、撮影態様の穏当性を欠き、受忍限度を逸脱する側に傾く事情のひとつとなります。
また、「被撮影者の活動内容」や「撮影の場所」については、たとえば自宅や病院でくつろいで過ごしているような場合は、肖像権を優先する方向で考慮されると考えられます。
そのほか、風でスカートがめくれた場面や、路上で人が転倒した場面など、本人にとって撮影されることが好ましくない場面を撮影した場合も、受忍限度を逸脱する方向に働く事情となり得ます。
4.同意取得と取得時の注意点
企業活動で人物の写真を撮影し、何らかの目的で利用する場合には、肖像権侵害のリスクやクレームが発生するリスクを避けるために、あらかじめ被撮影者から撮影・公表の同意を取得しておくことが一般的です。
同意を取得する際には、トラブルを回避するため、肖像の「利用目的」「利用媒体」「利用期間」を明確にしたうえで、書面で承諾を取っておくことが望ましいでしょう。
画像や動画を撮影・利用する際には、どのような場合に違法となるかを判断し、ときには違法リスクだけでなく、クレームを受けるリスクも考慮しながら、1件ごとに冷静に判断していくことが重要になります。
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