Netpress 第2302号 合理性や必要性の有無がポイント 身だしなみのルール違反に対する再三の指導がパワハラに?

Point
1.身だしなみに関する社内ルールを定めている会社は少なくありませんが、ルール違反に対する指導や処分をどのようにすればよいかは悩ましいところでしょう。
2.身だしなみのルールに違反した従業員の人事上の減点評価を違法とした事例(参考判例/大阪高裁2019年9月6日判決、[原審]大阪地裁2019年1月16日判決)から、会社として求められる対応を確認します。


弁護士 佐藤 みのり


1.問題となった事例の概要

Aさんは、X鉄道会社で、地下鉄の運転士として働いています。


X社では、職員の心得が配布されており、従来から身だしなみのポイントの1つに「髭は剃ってあるか」が挙げられていたほか、乗務員に対しては、服装の整正を心がけ、乗客に好感を与え、信頼を得るよう努めるべきことが求められていました。しかし、Aさんは、口元やあごの下に髭を生やした状態で乗務していました。


2012年4月頃から、X社の体制が変わることを見据え、サービス向上・規律の確保などのための取り組みについて検討が進められました。


そのなかで、『職員の身だしなみ基準』が制定され、「髭は伸ばさず綺麗に剃ること(整えられた髭も不可)」と記載されました。


また、「身だしなみ基準に従わない場合には繰り返し指導を行う。度重なる指導にも関わらず改善が見られない場合は、人事考課への反映も行う」旨の通達がなされ、従業員に周知されました。


Aさんは、上司らから髭を剃るよう、再三指導を受けました。その後、B運輸長との面談の席で、Aさんが髭を伸ばすことへの処分について質問したところ、「そういうルールにしたので、守らなければ処分の対象にするということです」「選択の自由として、髭を生やす自由を侵害されない職業を選ぶことは可能なんですよ」「できたら、この仕事を続けていってもらう方向で頑張ってほしいと私たちは思っています。でも、ルールを作った以上は、それを執行していく必要もあるので、あまり大きなこだわりでないのであれば、ぜひご理解いただきたいです。どうしてもこだわるなら、別の仕事を選ぶという判断も考えていただく必要もあると思います」などと述べました。


結局、Aさんは人事考課において、「規律性」の項目で減点評価され、総評欄には「今後は身だしなみについて再考し、柔軟な姿勢になることを期待する」などと記載されました。


その後、Aさんは所長らから髭を剃る意思の有無を確認されましたが、個人の自由であることなどを理由に、剃る意思はない旨を返答しました。


Aさんは訴訟を提起し、(1) 『職員の身だしなみ基準』を制定したこと、(2) 身だしなみ基準に基づき指導したこと、(3) 髭を剃らなかったことを理由に人事考課で低評価をしたことが違法であるなどとして争いました。

2.裁判所の判断

【(1) 『職員の身だしなみ基準』を制定したこと】について

裁判所は、まず、本件の『職員の身だしなみ基準』の制定自体が違法であるとはいえないと判断しました。


運転士に対し、職務上の命令として一切の髭を禁止すること、単に髭を生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象とすることは、服務規律として合理的な限度を超えるとしました。


そのうえで、本件の身だしなみ基準については、「一切の髭を禁止するものではなく、乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のもの」と捉えました。


そして、髭について、社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえない日本の現状を踏まえ、運転士についても、髭が剃られた状態を理想的な身だしなみとする基準を設けることには、一応の必要性・合理性があるとしました。


【(2) 身だしなみ基準に基づき指導したこと】について

身だしなみ基準に従って、再三、髭を剃るよう指導したことについては、違法性を否定した一方、B運輸長が、人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆して、髭を剃るよう求めたことは違法であるとしました。


再三の指導について違法性が否定されたのは、業務命令として髭を剃ることを求めていたわけではなく、任意に剃ることを求めていたにとどまるからです。


一方、B運輸長の発言は、任意の協力を求める身だしなみ基準の趣旨を逸脱したもの、と評価されました。


【(3) 髭を剃らなかったことを理由に人事考課で低評価をしたこと】について

髭を生やしていたことを主要な事情として考慮し、人事考課において減点評価をすることについては、使用者としての裁量権の逸脱・濫用であり、違法であると判断されました。


髭を生やす自由は、自己の外観をいかに表現するかという個人的自由であるところ、服務中における髭の規制は私生活にも影響を及ぼし得ること、本件身だしなみ基準が任意の協力を求める趣旨のものであることなどを踏まえると、人事考課における減点評価は許されないと結論付けたのです。

3.事例から得られる教訓

会社は、服務規律の一環として、身だしなみに関するルールを設けることができます。安全や衛生の確保はもちろん、自社の従業員が顧客や取引先からどのように見られるかは、事業遂行上も重要だからです。


最近では、制服やスーツの着用を義務付けない会社も増えていますが、一部の従業員が露出度の高い格好をするなどして「目のやり場に困る(見せハラ)」「チラチラ見てくる視線が不快(見るハラ)」などといった不和が生じるケースもあります。


こうした問題を解決するためにも、一定の身だしなみの基準が必要になることもあるでしょう。


どのような内容の身だしなみのルールを置くかについて、会社の裁量は広く認められています。しかし、ルールの内容によっては、従業員の個人的自由に影響を及ぼすことに注意が必要です。


身だしなみに関するルールを定める際は、従業員の置かれた立場、仕事内容、企業の事業内容、身だしなみのルールの内容などを考慮し、業務における必要性や合理性について慎重に検討し、従業員の個人的自由とのバランスを図る必要があります。


従業員が身だしなみのルールに違反した場合、行き過ぎた指導(パワハラ)にならないよう、注意しましょう。


処分を検討する際は、ルールに違反したことにより、具体的に業務にどのような悪影響が及んだのかを重視し、それに見合った処分にとどめることが重要です。


その際、従業員の置かれた立場、仕事内容、規則に従うことによって従業員が被る不利益の程度、処分までの経緯、処分の内容や程度などを総合的に考慮するようにしましょう。



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