Netpress 第2301号 持続可能な成長を目指して! VUCA時代における「人的資本経営」とは?

Point
1.日本においても、人的資本管理の実践に関する情報開示の必要性が高まってきています。
2.人的資本開示は、今後のビジネス環境の変化や取引先などの要求に対応するための必須戦略です。


慶應義塾大学SFC研究所所員
サステナビリティ総合研究所所長
株式会社Scrumy代表取締役社長
笹埜 健斗


世界中の組織が、ビジネスの成功を推進するうえで人的資本の重要性を認識し続けるなか、人的資本管理の実践に関する包括的で透明性の高い情報開示の必要性がますます高まってきています。日本においても、近年、人的資本の重要性が認識され、企業が労働力に関する情報をより多く開示するようになってきています。

1.VUCA(=ブーカ)とは

VUCAとは、以下の4つの単語の頭文字を組み合わせた造語です。本稿では、「従来の常識では通用しないような、多方面にわたる問題が複雑に絡み合っている状態」を指します。


V:Volatility(変動性)
U:Uncertainty(不確実性)
C:Complexity(複雑性)
A:Ambiguity(不明確さ)


VUCAは、もともと軍事用語として使われていました。冷戦後、さまざまな国際問題が発生し、軍事戦略を立てることが困難になり、一筋縄ではいかなくなった状況を指していたのです。


その後、ビジネス用語として、技術の急速な進化、環境問題、世界の爆発的な人口増加など、急激に変化する社会を指す言葉として使われるようになりました。


VUCA時代における企業の存続を考えるうえで、今までのような戦略は通用しません。日本においては、急速な少子化による労働力不足に伴い、終身雇用制度や年功序列といった従来の当たり前が変化しつつあります。従業員を「資源」(=人材)ではなく、「資本」(=人財)として認識する世界的な流れも後押しし、各企業が人的資本戦略を再構築しています。国単位でも、企業における人的資本管理の実践を奨励するための措置を講じています。




2015年、東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードを導入し、人的資本管理の重要性を明記しました。そして、2021年には2回目のコーポレートガバナンス・コードの改訂を行い、人的資本開示の重要性をさらに強調しました。現時点では、義務化の対象は上場会社が中心ですが、その対象範囲は拡大すると予想されています。

2.人的資本経営を行うメリット

従業員を「資本」と捉え、経営戦略に反映することのメリットをいくつかご紹介します。


(1)優秀な労働力を確保し続けることができる

少子高齢化に伴う労働力の減少や、活発化した転職による労働者の流動性に伴い、企業は優秀な人材を確保し続けることが従来に比べて困難になってきました。優秀な人材を確保し続けることは、生産性を向上させ、流動に伴うコストを削減することができます。


(2)取引先にアピールでき、企業のレジリエンスを高める

企業は、人的資本戦略により、透明性を担保したまま情報開示を行うことで、顧客や取引先からの信頼性を高めることができます。戦略を計画し、実行の結果を定量的に開示することで、より信頼性は高まります。定量的な結果とは、「従業員の研修プログラムに関する時間」「参加率」などが挙げられます。

3.人的資本経営の実践

人的資本経営を行うためには、事前準備と継続的なモニタリングが必要です。実践するうえで押さえておきたいポイントをいくつかご紹介します。


(1)専門チームの設立

人事、IR、法務、その他の関連部署の責任者を含む、人的資本の戦略や開示を監督するための専門チームを設立します。業務フロー図などを作成しておくことで、マネジメントがしやすくなります。


(2)データの収集と分析

人事情報システム、アンケート調査、従業員からのフィードバック、業績評価など、自社内のさまざまなソースから人的資本に関するデータを収集したうえで、それらのデータを分析し、傾向や改善すべき点を特定します。


(3)同業他社との比較

人的資本の戦略や開示について同業他社や業界標準と比較し、自社が改善または差別化できる領域を特定します。


なお、人的資本経営を実践するうえで非常に重要なポイントは、「従業員の満足度を高めるだけの戦略は本質的ではない!」ということです。従業員満足度と従業員エンゲージメントは、似て非なる用語です。従業員満足度は、従業員が働き続けたいと感じる度合いを指し、従業員エンゲージメントは、従業員が自社で働くことに誇りを持ちつつ、意欲的に働き続けたいと感じる度合いを指します。「リモートワーク制度」は、制度設計の仕方で従業員満足度を高めるだけなのか、従業員エンゲージメントまで高められるのか、非常に大きく分かれるよい例です。


本質的な課題と解決方法をしっかり考えることが重要となります。



人的資本経営を実践することで、企業の競争力が向上したり、強靭なレジリエンスを獲得したりすることができるようになるため、今後ますます人的資本経営の重要性が増していくでしょう。人的資本開示のプロセスを通じて、自社の強みや課題を明らかにすることは、限られた労働力の活用や人材の確保・育成にも重要な役割を果たします。経営陣や従業員が一体となって、持続可能な成長を目指すことができるのです。


わが国の企業にとって、人的資本開示は、今後のビジネス環境の変化や取引先などの要求に対応するための必須戦略となります。今後、人的資本経営を成功させるためには、企業が継続的にデータ収集や分析を行い、定量的な情報も分析しながら経営の質を向上させていく必要があります。


その結果、企業は持続可能な成長と競争力の向上を実現することができるでしょう。



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