Netpress 第2289号 4月から解禁! 「賃金のデジタル払い」導入準備と運用上の留意点

Point
1.キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化のニーズを踏まえ、賃金のデジタル払いが可能になりました。
2.デジタル払いの概要と労働者側・企業側双方の留意点、導入する際に必要な手続きについて解説します。


特定社会保険労務士
濱田 京子



ことし4月1日に改正労働基準法施行規則が施行され、企業が従業員に賃金を支払う方法として、資金移動業者の口座(アカウント)も選択できるようになりました。


賃金のデジタル払いについては、銀行口座を持たない外国人への賃金支払い対応として、2015年頃から議論がなされていましたが、キャッシュレス決済の普及もあり、今回の導入となりました。

1.賃金のデジタル払いとは

労働基準法24条により、賃金は通貨、つまり現金で労働者に直接支払うことが原則となっていますが、労働者の同意を得れば、銀行口座と証券総合口座への振込みができるというルールがあります。


この例外措置に追加される形で、労使協定を締結し、労働者から個別の同意を得ることができれば、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座に支払うことができる、というのが今回の改正内容です。


つまり、原則は現金支給であるところ、例外として設けられていた銀行口座、証券総合口座への振込みだけでなく、資金移動業者の口座への振込みが選択肢として加わったことになります。


なお、賃金のデジタル払いを希望する労働者がいてもいなくても、企業は必ず賃金のデジタル払いという手段を準備しなければならない、というわけではありません。あくまでも労使双方が希望する場合に限り、資金移動業者の口座への支払いを可能とするものです。


また、仮に企業が資金移動業者の口座への支払いを準備する場合は、銀行等の口座への支払いという選択肢も残しておく必要がありますので、デジタル払いにしか対応しないということは認められません。

2.「資金移動業者」とは

資金移動業者とは、銀行以外で送金サービスを提供する登録事業者のことで、ソフトバンク系の「PayPay(ペイペイ)」やLINEの「LINE Pay(ラインペイ)」などがよく知られています。


資金移動業を営むためには、資金決済法(資金決済に関する法律)に基づき、内閣総理大臣の登録を受けなければなりません。そのうえで、賃金のデジタル払いに対応できる資金移動業者は、厚生労働大臣の指定を受けることが必要とされました(指定資金移動業者)。


これは、「賃金の確実な支払い」を担保するためには、一定の要件を満たす一部の資金移動業者に限定することが必要だと判断されたことによります。

3.労働者にとっての留意点

労働者が賃金のデジタル払いを選択したときに、懸念される点や留意すべき点を整理しておきましょう。


(1)資金移動業者が破綻した場合の補償

給与振込口座として指定した金融機関が破綻した場合は、預金保険制度によりおおむね1,000万円までは保護される制度があります。


資金移動業者の場合も、同様に残高については保険などを通じて100万円を上限に保護されます。


(2)賃金の現金化に伴う手数料

銀行口座であれば、一定の制限はあるものの、手数料なしで現金を引き出すことができます。


賃金をデジタル払いで受け取った場合にも、現金化する必要性はあると考えられることから、最低でも月1回は労働者の手数料負担なく引き出せることが要件となっています。


このように、回数制限はあるものの、銀行口座への振込みと大きな差が出ないように設計されています。


(3)給与口座としての使いやすさ

給与振込口座を資金移動業者の口座とすることで、銀行口座からお金を移す必要はなくなりますが、各種カード利用代金や家賃の引き落としなど、これまでの銀行口座と同じように利用できるのかという点が懸念されます。


この点については、資金移動業者の口座ですべてを管理できる状況にはなっていないのが現状と思われます。


また、仮にすべてを管理できたとしても、上限100万円という問題もあるため、給与口座として使いやすくなるのはまだ先のことになるでしょう。

4.企業にとっての留意点

銀行口座への振込みであれば、全銀フォーマットという統一形式が準備されているため、振込データを給与計算システムで作成することができますが、デジタル払いでは他のデータ作成手段が必要になると考えられます。


振込手数料については、資金移動業者のサービス内で送金するのであれば、銀行振込みよりは低額になると考えられるため、それをメリットと捉えて対応する企業が出てくるかもしれません。


賃金支払日が毎月1回ではなく複数回ある企業の場合は、より振込手数料の負担が大きいため、手続きが簡易で手数料も安価となれば、デジタル払いのメリットは大きいと考えることもできるでしょう。

5.導入するための手順

デジタル払いの導入にあたって、企業側で準備しなければならないことを確認しておきましょう。


(1)就業規則の改定

労使双方の希望によりデジタル払いを導入することを決めた場合は、その旨を就業規則に規定する必要があります。


(2)必要なシステム対応の確認・準備

デジタル払いのために資金移動業者のアカウントを準備し、送金の手順を確認して決める必要があります。


対象となる労働者の人数によっては、銀行振込み時のような振込みデータ等が必要となることから、給与計算システム、振込システムなどの環境整備が求められます。


(3)労使協定の締結

導入に必要な労使協定を準備して、対象となる事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数代表者)との間で労使協定を締結し、労使協定の内容を労働者に周知します。


(4)労働者の個別同意

就業規則を改定し、労使協定を締結したら、労働者に対して制度の説明を行い、デジタル払いの希望者には同意書を提出してもらいます。これにより、デジタル払いの準備が整ったことになります。



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