Netpress 第2281号 今なぜ取り組まなくてはならないのか? 成長戦略としてのダイバーシティ&インクルージョン

Point
1.コスト競争を脱して差別化を図り、売上高利益率を高めることが多くの日本企業の課題となっています。
2.差別化戦略を実現するにあたり、重要な鍵となるのが「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みです。


プロビティコンサルティング株式会社
代表 野田 弘子


1.ダイバーシティ&インクルージョンとは?

最近では聞かない日がないぐらいのダイバーシティ&インクルージョン(以下「D&I」といいます)ですが、そもそもどういうことを意味しているのでしょうか?


【ダイバーシティ】
……
集団内に異なる文化、性別、人種、年齢等の人材がいるという人材の多様性
【インクルージョン】
……
多様な人材がそれぞれの個性を活かして個々の力を発揮できるような環境を生み出すこと


それでは、なぜ企業にD&Iが必要なのでしょうか? それは企業の成長戦略に関わることだからです。

2.企業の稼ぐ力を表す指標とは?

(1)ROA

企業の「稼ぐ力」を表す指標が利益を総資産で割ったROA(Return on Assets)で、下記の式で表されます。



単純化すると、「売上高利益率:高く売る」「総資産回転率:棚卸資産、売掛金を小さくする=早く作る、売る、回収する」ということになります。


(2)課題は売上高利益率にある

日本企業の課題はどこにあるのかというと、売上高利益率であることが国際比較の統計でも出ています。お客様のために1円でも安く作って安く売ることが企業の役目だと考えてきたのです。これがコスト競争です。


日本でも産業用機械メーカーなどは粗利で40%、税引後利益でも20%以上の売上高利益率です。「これだけ良いものは他では買えないから値引きはしません!」ということです。これが差別化戦略です。今、日本企業が問われているのは、粗利を上げる(付加価値を上げる)、値引きをしない差別化戦略への移行です。


(3)差別化戦略へ

それでは、どうしたら差別化戦略へ歩みを進めることができるのでしょうか? D&Iがまさにその答えです。経営環境の変化が激しいなか、顧客のニーズを捉えて新しいものを生み出していくためには、新しいアイディアを持つ多様な人材を登用していく必要があるわけです。


日本の上場企業に突き付けられているコーポレートガバナンス・コードでは、女性、外国人、中途採用者の中核人材への登用を促しています。言い換えると、「男」「日本人」「同じ会社に30年」の人たちばかりでは、新しいもの、新しいサービスが生まれない、ということです。


(4) 多様性から生まれた差別化戦略の事例

大企業はもちろんですが、中小企業でもいろいろな改革が起こっています。具体例として、たとえば次のようなことが挙げられます。


・旅館
……
女性や外国人を従業員として採用 ⇒ 新しい提案が次々と出てきて顧客満足度アップ
・製造業
……
女性を採用 ⇒ 丁寧な仕事でお客様からの評価もアップ ⇒ 男性従業員の働き方も変わり、じっくり技術を学ぶ時間ができた ⇒ 多能工が増えて不良品率が減少
・建設業
……
ベテランでなければできないと思われていた測量や設計をソフト化 ⇒ 若手でも短時間で計算業務を習得 ⇒ 全員の残業も減る ⇒ 採用率アップ


こうしてみると、差別化のためには多様な人材が不可欠であり、そのためにも女性を含む多様な人材が働きやすい環境、制度作りが必須であることがわかります。


(5)ESG

投資家が重要な判断基準にしているのが「ESG」です。「E:環境」「S:雇用を含む社会的課題」「G:コーポレートガバナンス」の3つは、企業の将来の成長を教えてくれる指標です。


環境課題に取り組まない企業、D&I等や労働者の人権問題に取り組まない企業、CEOの横暴を許す企業は、どう考えても将来性がないので投資できないという話です。投資家に選ばれる未来ある企業になるためには、成長戦略が期待できる多様な人材が生き生きと働ける会社でなくてはならないということなのです。だからこそ、ESGに関する開示がより重要になっているわけです。


投資家というと、お金持ちあるいは外国人といった誤解もありますが、たとえば日本で最大の投資家は、私たちの厚生年金、国民年金の積立金約200兆円を運用するGIPF(年金積立金管理運用独立行政法人)です。年金制度は世界中にあり、今では私たち一市民も投資家の立場になっているのです。


また、ESGは上場企業の話で、非上場や中小零細は関係ないということではありません。なぜなら投資家は取引先のCO2、労働者の人権問題など、企業のサプライチェーン全体を注視しているからです。言い換えると、社会の中で誰かに負担を強いて利益を上げているビジネスモデルは長続きしないということです。

3.D&Iは大変なことではある

D&Iを組織内で進めていくといっても、当然ながら一筋縄ではいきません。


誰でも「ツー」と言えば「カー」と言ってくれる人たちと一緒に過ごすほうが楽で心地よいはずですが、それではD&Iは進みません。「ガンガン売ってこい!」「ハイ、わかりました」から、「ガンガンではわからないので具体的な指示をお願いします」に変わらなければならないのです。「何となくわかり合える」は通用しませんから、「きちんと言語化する」という作業が必要になり、それは簡単なことではないはずです。


でも、この大変な作業を乗り越えた先にしか、日本企業の未来はないのではないでしょうか?


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