Netpress 第2271号 企業価値向上につながる 人権デュー・デリジェンス中小企業の進め方は?
1.政府のガイドラインは、日本で事業活動を行う企業に最大限の人権尊重の取り組みを求めています。
2.ここでは、中小企業に向けて、具体的な人権尊重の取り組みの進め方や留意点を解説します。
みらいコンサルティンググループ
社会保険労務士法人みらいコンサルティング
代表社員 安藤 幾郎
社会保険労務士 中村 知貴
1.「ビジネスと人権」をめぐる動向
2022年9月に、日本政府より「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が公開されました。国際的には、国連が2011年に定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って、各国が人権デュー・デリジェンス(以下、「人権DD」といいます)を企業に義務付ける流れがあり、このガイドラインでは、日本で事業活動を行うすべての企業に対し、人権尊重の取り組みに最大限努めることを求めています。
そこで、人権尊重の取り組みについて、特に中小企業における実践ポイントを紹介します。
2.人権方針の策定と人権DD
中小企業が人権尊重の取り組みを行う際には、まず人権方針の策定と人権DDから進めると効果的です。
(1)人権方針の策定
人権方針の策定を行う際は、企業がその人権尊重にかかる責任を果たす約束をするため、以下の5要件を満たすことが求められています。
① | 企業のトップを含む経営陣で承認されていること |
② | 企業内外の専門的な情報・知見を参照したうえで作成されていること |
③ | 従業員、取引先、企業の事業・製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること |
④ | 一般に公開されており、すべての従業員、取引先、他の関係者に向けて、社内外にわたり周知されていること |
⑤ | 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針・手続に、人権方針が反映されていること |
以上が5要件ですが、形式的な調整を行うだけでは、取り組みとして適切ではありません。
たとえば、「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿っているか、企業のサプライヤーとステークホルダーの範囲を確認したうえで、企業の実情に合ったものになっているか、といったこともポイントになります。
また、方針の策定後は、自社サイト等において、企業のトップの言葉で人権尊重責任を果たすことを約束する内容を社内外に発信すると効果的です。
なお、人権方針は、経営理念や行動指針の内容に反映させることが望ましいと考えられます。
ただ、現実的には、現在の経営理念や行動指針をベースに人権方針を策定することで、その企業の実情に沿った内容の方針になるでしょう。
(2)人権DD
人権方針を策定・開示した後は、人権DDに取り組むことが求められます。
人権DDは、人権への負の影響の特定・評価、防止・軽減、取り組みの実効性の評価、説明・情報開示を繰り返す、継続的な取り組みです。
3.人権課題の特定
人権DDにおける最初のステップである「人権への負の影響の特定・評価」については、業種に特有な人権課題に着目してみると効果的です。
たとえば、建設業の場合であれば、長時間労働等から生じる労務管理の問題や、現場の安全衛生の問題などが挙げられます。
また、部門や部署ごとの課題特定も重要です。同じ企業のなかでも、部門によってハラスメントが生じやすい傾向にあったり、あるいは、外国人労働者の受け入れに伴う労働環境の整備が不十分だったりといった課題があるからです。
このように、「自社の業種や部門ごとの課題は何なのか」ということを確認しながら、人権課題の特定を進めていきましょう。
4.人権課題の評価
課題特定後は、その評価を行い、取り組みの優先順位を付けていきます。
各課題は、その深刻度と発生可能性に着目して重要度を評価します。もし、深刻度の判定に悩むようであれば、まずは誰が見ても明らかと考えられる問題に着目してみましょう。
たとえば、法令違反は、客観的に見て、速やかに取り組むべき課題ですので、社会保険労務士や弁護士等の専門家に相談をしながら対応を進めることも考えられます。
加えて、各人権課題が自社とどのように関連しているかを検討すると、優先順位がさらにわかりやすくなるのではないでしょうか。
具体的には、各人権課題の次の2つに分別してみましょう。
① 自社の事業活動により「直接」引き起こされるもの
② 取引先などを通じて「間接」的な関与により生じるもの
そのうえで、①の直接的な人権課題であれば、自社での防止・被害軽減策や活動の停止を検討する、②の間接的な人権課題であれば、取引先と協力しながらその対応方法を検討していく、といった具体的な取り組みに落とし込んでいくのです。
これらの人権課題を評価していく過程で、防止・軽減の具体策は、おのずと見出されていくのではないでしょうか。
5.持続可能な取り組みにしていく
人権課題への取り組みは、その範囲の広範さゆえに、どこから着手したらよいかわからず、なかなか行動に移せないというケースも少なくありません。
人権DDにおいて肝要なのは、いきなりすべてを完璧に解決しようとするのではなく、まずは自社で着手できるところから確実に歩みを進めていく、という意識です。少しずつ意識を高めることで持続可能な取り組みにしていくアプローチが有効になります。
今回の内容が、みなさまの「ビジネスと人権」への取り組みを後押しするとともに、企業価値向上の一助となることを願っています。
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