Netpress 第2266号 仕入価格高騰の時代! スムーズに価格転嫁を進めるための交渉術
1.仕入価格の高騰を販売価格に反映させたいと考えても、実際には取引先との力関係などが影響して、容易には実行することができません。
2.ここでは、中小企業が交渉によってスムーズに価格転嫁を進めるための方法を紹介します。
中小企業診断士
竹内 幸次
1.価格転嫁の考え方
日銀の発表によると、2022年(暦年)の国内企業物価指数は前年比で9.7%上昇し、年間の伸び率は比較可能な1981年以降で最大となりました。こうしたなか、原材料や仕入価格が上がった分を自社の商品やサービスの価格に上乗せする価格転嫁が、多くの企業にとって重要な課題になっています。
一般に、日本では価格転嫁に対して否定的なイメージがあり、原材料や仕入価格が上がっても売価を上げないことが、「企業努力によって価格を維持する」などとして、美徳のように捉えられることもあります。
しかし、株主や従業員を抱えている企業の側からすると、価格を上げないことで売上総利益が減れば、従業員に給与として分配する原資が減ってしまいます。最終的な純利益が減れば、株主に配当として還元する原資も減ることになります。これは、経営で重要なヒトとカネを十分に活かすことができていない状態を意味しますから、そのままでは経営のバランスが崩れ、企業の存続が困難となるでしょう。
また、たとえば中小卸売業者による価格転嫁(値上げ交渉)を大手小売店が拒んだ場合、その中小卸売業者の経営が悪化することになります。その結果、仕入れが滞れば、大手小売店も売上が下がり、利用する消費者にも十分な商品を提供できなくなる可能性があります。
このように、価格転嫁は経済社会を正常に保つためにも必要な行為です。企業経営の視点からは、ステークホルダー(利害関係者)のバランスを保つためにも重要であることを認識しましょう。
2.スムーズな価格改定交渉のコツ
取引先に対して価格改定交渉を行う目的は、自社の仕入費用等が上昇しているなかでも、「しっかりと利益を残す」ことにあります。
そのためにも、取引先と交渉する前に、あらかじめ価格をどれだけ上げれば利益を残せるか、あるいは落とさずに済むかをシミュレーションしておくことが大切です。
原価率、売上総利益率、販売数量の3つを設定して、価格をどの程度上げることができれば、自社が存続できる水準の粗利益が確保できるのかを把握しておきましょう。
ただ、自社が適正と考える価格を取引先に提示しても、先方がそれをすんなり受け入れてくれるとは限りません。
そこで、次頁では、価格改定等の値上げ交渉をスムーズに行うためのポイントを考えてみましょう。
(1)交渉が必要な顧客であるかどうかを判断する
一般に、継続取引をする企業間取引の場合は価格改定交渉を行う必要がありますが、年に数回の取引しかない場合には交渉は不要と考えられます。
また、小売業等で一般消費者に販売する場合にも交渉は不要です。ただし、事前に価格改定の時期や金額等を店内掲示しておいたほうがよいでしょう。
(2)交渉開始時期を考える
顧客企業からすれば、価格改定(値上げ)は行ってほしくないものです。相手にとって悪い情報を伝えることになりますから、交渉時期はベストなタイミングを考えましょう。
顧客企業が次の年度の事業計画を策定する時期は、3月決算の企業であれば中間決算が見えてくる10月〜11月頃、決算時期の4〜5か月前あたりです。中間期を意識すれば、これらの時期から6か月のずれとなります。理想をいえば、これらの時期に「価格改定のお願い」を伝えます。
ただし、現在のように世界情勢が安定しない環境下では、毎月のように計画を組み替えている場合もあります。顧客企業の計画の作成時期や収益動向を注視しながら、交渉を行うようにしましょう。
(3)顧客企業を支援する姿勢を見せる
価格交渉に限らず、企業間の交渉を成功させるポイントは、顧客企業の経営戦略を支援する姿勢を見せることです。
価格改定(値上げ)は、顧客企業のコストアップにつながるため、顧客企業の支援にはなりません。しかし、日頃から顧客企業に有益な情報を提供したり、経営をサポートするような接し方をしたりしていれば、価格改定交渉もある程度はスムーズに進むでしょう。
(4)自社と取引する価値を伝える
企業であれ一般消費者であれ、顧客が価値を感じるポイントは「品質」「機能」「デザイン」「ブランド」「サービス」の5つに集約することができます。そして顧客は、これら5つの要素をいくらで購入するかを考えます。
たとえば、価格を5%値上げしたとしても、「品質」「機能」「デザイン」「ブランド」「サービス」のいずれかの要素や総体の魅力が5%以上アップすれば、顧客にとって取引をする価値は変わりません。
つまり、価格転嫁をしても顧客は離反しないということになります。
(5)標準的なマージン率を説明する
すでに、強い信頼関係が築かれている顧客に対しては、自社のマージン(売上総利益)を開示することも、交渉をスムーズに進めるうえで有効です。
また、企業の収益構造(売上総利益率や売上高対営業利益率、労働分配率等)はさまざまですが、一般に公開されている経営指標を顧客に示すことも、値上げの納得性を高めるためには有効でしょう。
一般公開されている指標としては、たとえばTKC全国会が提供する経営指標「BAST」(速報版)があります。これは、20数万社の全国の中小企業の毎月の経営データを集計・分析したものです。
ここでは、建設業、製造業、卸売業、宿泊業・飲食サービス業等の業種別に、具体的な業界別の最新の限界利益率などが公開されています(会員以外も閲覧が可能です)。
こうした指標を顧客に示して、値上げによって自社が得るマージン率が法外な水準ではなく、妥当な水準であることを説明するようにするとよいでしょう。
現在のように原材料や仕入価格が大きく高騰している状況で、値上げをせずに従前の価格のままで販売した場合、顧客から喜ばれるどころか、逆に「品質を落としているのではないか」といった疑いを招く可能性もあります。適正な付加価値を加味した適正な価格について、今後、売り手も買い手も真剣に考える必要があるでしょう。
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