反怖謙一の「ABC」通信 誠は天の道なり
ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。
儒教の経書の一つに、『中庸(ちゅうよう)』『論語』『孟子(もうし)』とともに四書とされた『大学』があります。『大学』は、修己治人(しゅうこちじん)※1 の書であり、汲んでも尽きない味わいと哲理を有するものです。その中に「人の己を視ること、其の肺肝(はいかん)を見るが如(ごと)く然(しか)り。則(すなわ)ち何の益かあらん。此を『中(うち)に誠なれば外に形(あら)わる』と謂(い)う。故に君子は必ず其の独りを慎むなり」という一文があります。その意味は「人間は自分のことはよくわからないが、他人から見ると肺や肝臓を見透かすように明らかである。だからいくら表面を取り繕ってみても、何にもならない。これを“心の中が誠実であればそれは形となって外にあらわれる”というのである。だから君子(立派な人)は、人が見ていようがいまいが、独りの境地(心の状態)を慎むのである」ということです。確かに、どんなに表面を取り繕ってみても、その内面は隠しおおせるものではなく、それは誰かが十人に聞けば十人とも指摘するほどの厳粛な事実です。
例えば「金持ち喧嘩せず」の言葉どおり、家に富が生じてくると、何となくゆとりや余裕、艶(つや)をも生じてきます。まして人徳を積む生き方をしていると、しっとりとした潤いまでが生じます。まさに俯仰天地(ふぎょうてんち)に恥じぬ(自分の心や行動に少しも恥じるところがない)様子で、ゆったりと鷹揚な態度や動作となるものです。
人の長(おさ)として社会の発展や進歩に貢献する立場の経営者の皆さんは、多くの部下を抱え、大勢の取引先や関係者と日々相交わっておられる以上、たくさんの眼が皆さんの生き方や仕事の仕方、身の処し方に注目しています。それは、とても隠しおおせるものではありません。どんなに自分をよく見せようとしても、他人にはちゃんとわかるもので、表面を飾ったり、付け加えたりしてみたところで意味はありません。となれば、意を誠にする努力や工夫を日々怠らないようにするのみです。「誠は天の道なり。之(これ)を誠にするは人の道なり」という箴言(しんげん)があります。これは『中庸』の一節で、「誠こそが、天の真実にして偽りのない本来のままのあり方である。誠であろうと努めることが、人間としての務めである」という意味です。創造と変化の真理の下、宇宙、大自然が人や物を生生化育(せいせいかいく)していく(つくりあげていく)働きこそが「誠」です。それは、嘘偽りのない真心そのものであり、これを天に代わって万物に働きかけ、その成長や発展を促し、実現していくのが「誠」なのです。
誠の生き方は、そのまま周囲の人達を感化、教導せしめる大いなる力となって、皆さんの事業を花咲かせ、持続させていくことでしょう。それでこそ皆さんは「慎独」※2 可能な克己心(セルフコントロール力)を手に入れ、その泰然自若(たいぜんじじゃく)としたありようが、周囲の人たちの憧れや信頼までをも呼び起こすこととなります。
組織において、経営トップは孤独です。それは致し方ないことですが、人間は本来、孤独に弱く、人波に身を置いて時間を無為に過ごしがちな生き物です。独りを楽しむとか、孤独に耐えるといったことは、よほど精神が成長しなければできるものではありません。まずは、飾りっ気を排し、意を誠にして、凛(りん)とした生き方に努めてまいりましょう。
参考文献:『ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 大学・中庸』 矢羽野隆男、角川ソフィア文庫、2016年
※1 自分自身で修養して徳を積み、世を治めること
※2 徳のある人は独りのときでも行いや言動を慎むこと
◎「SMBCマネジメント+」2023年2月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。