Netpress 第2250号 メンタル不調者にも会社にも必要! 職場復帰を支援する「試し出勤制度」の導入

Point
1.メンタル不調により休職した社員を職場に復帰させるための支援策として、厚生労働省では企業に対し「試し出勤制度」の導入を推奨しています。
2.ここでは、試し出勤制度の導入・運用にあたっての留意点やトラブルを防ぐためのポイントを解説します。


大阪産業保健総合支援センター
相談員
社会保険労務士 大田 晶子


1.「試し出勤制度」とは

厚生労働省は、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(以下、「ガイドライン」といいます)において、企業に対し、休業した社員の円滑な職場復帰と再発防止のために、「職場復帰支援プログラム」(以下、「復職支援制度」といいます)を策定することを求めています。


具体的な復職支援策として、厚生労働省が推奨しているのが「試し出勤制度」の利用です。


試し出勤制度は、正式に職場復帰を決定する前に、休業している社員に対して試し出勤の機会を提供するもので、次のような形態があります。



模擬出勤:勤務時間と同様の時間帯に、デイケアやリワークプログラムなどで模擬的な軽作業を行う

通勤訓練:通勤時間帯に、自宅から職場の近くまで通勤経路を使って移動し、職場近くで一定時間を過ごして帰宅する

試し出勤:試験的に一定期間、継続して職場に出勤する


あくまでもガイドラインなので、企業に復職支援制度を策定する義務はありませんが、職場復帰の流れのなかで、特に復職の可否を判断するタイミングは、労務トラブルが起こりやすいところでもあります。


社内規程等において明文化された復職支援制度があることは、トラブルが生じた際に、企業が社員の安全配慮義務を怠っていないことを示す要素となります。


休職した社員が職場に復帰しやすいようにするための制度ですが、企業のリスク管理の面からも、復職支援制度を整え、休職から復職までの流れを明確にしておくことは意義があるでしょう。

2.制度を導入する際の留意点

試し出勤制度の詳細や運用については、企業側の裁量に任されている部分が多く、取り扱いに頭を悩ませる部分が少なくありません。厚生労働省は、試し出勤制度を「正式な職場復帰決定の前に導入する制度」と位置付けていますが、現実には、復職後の一定期間をリハビリ期間とし、試し出勤制度を設けている企業もあります。


復職前に行うのか、復職後に行うのかによって、企業にとっての試し出勤制度の目的は違ってきます。


復職前に実施する試し出勤であれば、休職者が正式に職場復帰できる状態にまで病状が回復しているかを見極める(復職の可否を判断するための情報を収集する)制度という意味合いが強くなるでしょう。一方、復職後に実施する試し出勤の場合は、再発防止のため、文字どおり「リハビリ期間を設ける制度」という意味合いが強くなります。


試し出勤制度を導入する際は、その目的を明確にしたうえで、給与等の処遇や労働災害等が発生した場合の対応、人事労務管理上の位置付けなどについて労使間で十分に検討し、一定のルールを定めておく必要があります。


以下、試し出勤制度を導入する際の留意点をみていきましょう。


(1)賃金の支払い

復職前に試し出勤制度を導入する場合、傷病手当金との関係などから賃金は支払わず、通勤に要する交通費のみを支払うケースが多いようです。ただし、上司が指示して業務(職務)に該当する作業を行わせたり、通常の就業時間に準じた出退勤を求めたりすると、賃金の支払い義務が生じることもあります。


復職許可後の時短等の配慮期間を設ける場合(以下、「リハビリ出勤制度」といいます)は、たとえ勤務時間が短く作業内容が軽度であっても、労働の対価としての賃金の支払いが必要になります。


(2)労災の適用

復職前の試し出勤は、就業することが義務ではないので、業務上の労災の適用は受けません。また、就業のための通勤ではないため、通勤災害にも該当しないことになります。


一方、復職後の試し出勤は、業務に関係する部分や通勤途上で発生した事故に関して労災の適用を受けます。


(3)試し出勤の期間等

試し出勤期間は、いたずらに長期間にわたらないようにします。特に、復職前に職場復帰の可否を判断することが目的の試し出勤の場合は、その目的の達成に必要な期間に限るべきです。具体的には、3か月程度が1つの目安になるでしょう。


(4)その他の留意点

試し出勤開始の許可であれ、職場復帰の許可であれ、休職者の就労を許可した段階で、企業には安全配慮義務が生じます。復職に向けて試し出勤を認める際には、主治医や産業医の意見をしっかり聞き取り、本人の意思を確認したうえで判断することが重要です。


また、ガイドラインでは、職場復帰後は短時間勤務から始められるような制度を導入することを勧めていますが、社員の生活を考えると、短時間勤務にすることには問題もあります。


たとえば、働いた時間の分だけ給与を支給すると、正式な職場復帰前であっても、健康保険の傷病手当金の支給がなくなります。そのため、短時間勤務の場合、傷病手当金よりも支給される給与額のほうが少なくなることもあります。


それから、試し出勤期間中に労災事故などが起こった場合、補償額はその時点の賃金に基づいて算出されるので、当然、低い補償額となります。体調が万全でないときは集中力が低下しているので、事故の発生率は高くなります。


さらに、試し出勤・リハビリ出勤をしたものの、症状が安定せずに退職に至った場合、雇用保険の受給額も短時間勤務だったときの給与額で計算されてしまいます。


労災補償や雇用保険の受給額は社員の生活に直結するので、中途半端な額の給与を支給するのはトラブルの元です。試し出勤時の勤務時間や支給する給与額を検討する際には、傷病手当金や労災が起きた際の補償額、職場復帰できなかった場合の雇用保険の受給額への影響にも留意する必要があります。


メンタルヘルス不調者の職場復帰支援では、病気の特性にも注意が必要です。特に、うつ病などは再発を繰り返しやすい病気です。休業と職場復帰を繰り返すと、本人が次第に自信をなくし、症状が悪化することもありますから、慎重に試し出勤開始の可否を判断し、安易に制度を繰り返し利用できないように設計することも重要です。


また、復職を支援する上司や同僚の側にも、それぞれにいろいろな状況があると思われますので、支援要請が過度な負担にならないように注意しましょう。



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