反怖謙一の「ABC」通信 あいさつが満たす「黄金の3(トリプル)A」
ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。
世の中は、人の営みです。地球上にはすでに約80億人の人々が暮らし、約40年後にはおよそ100億人まで増加するものと予想されています。しかしながら、私たちがそれこそ食事も入浴も何もせず、1秒間に1人と会い続けていったとしても、計算上ではそのすべてに会うことはかないません。ご縁のあった方々と織り成す営みが、私たちの日常生活なのです。そのご縁は長く、濃密なものもあれば、街中で一瞬見かけただけの一過性のものまでさまざまです。私たちはその日常の中で、ご縁あって関わる人との営みのありようや様相に一喜一憂しながら、不安と安心の狭間を揺れ動いています。
経営者の皆さんも同様に、会社を取り巻く人間模様に翻弄され、案外、仕事そのものよりも、相手とする人の人柄や人間性あるいはその人との関係性における感情の処理に、多くの時間とエネルギーを使っているのではないでしょうか。
なかでも古今東西、人類共通のエネルギー消耗の代表格の一つが「あいさつがない」ことです。これに遭遇すると、本能的に感情の深い部分が反応し、悶々として一日を過ごす羽目になります。
そのメカニズムですが、そもそも人間は、共通して幸福であることを願うものです。その幸福を手に入れる条件は、物質的充足と精神的安定です。とりわけ精神的安定が難物で、これを得るための根源が、人間誰にでも生まれながらに備わっている自然本性的な欲求の満足です。
まず、存在欲求と呼ばれる「安心したい、安堵したい、安定したい」という欲求(あ〈A〉が3つなので、「黄金の3(トリプル)A」と仮称しています)が、本能的に感情の深い所にゴロンと潜在しています。まずは土台となるこの黄金の3Aが満たされないと、その上には何も上積みされません。その上積みされるはずのものが、承認欲求(ほめられたい、認められたい)や共感欲求(感謝されたい、喜ばれたい、愛されたい)、価値欲求(人の役に立ちたい、人に必要とされたい)です。あいさつは、この黄金の3Aに直接ガツンと響き、かつ致命的に影響するものなのです。
狩猟民族を例に考えると、かつては猟場(縄張り)の確保が生死を分けるが故に、境界に侵入者が現れれば即、闘争・排除となっていました。しかし、命懸けの闘争ばかりでは身がもちません。そこで、経験知として相手と体の一部を接触させると心の距離が縮まることを覚え、試行錯誤の末に握手やハグ、頰ずり、キスといった接触あいさつの所作を発達させていったのでしょう。
現代では、ものの見事にあいさつに人間性が表れます。どんなあいさつができるのかは、その人を測るバロメーターなのです。故にあいさつ一つで、その瞬間に人間性がある程度、値踏みされてしまいます。万が一、あいさつが良くないとなると、黄金の3Aがマイナス反応し、その結果、相手の感情の扉は、天の岩戸のごとく重く閉ざされてしまうでしょう。そうなれば、もはや対処法なしとなってしまうのがあいさつの恐ろしさなのです。 “人の営みの超敏感地雷”があいさつの本質です。皆さん、気をつけましょう。
◎「SMBCマネジメント+」2023年1月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。