Netpress 第2226号 どうすればいい? 「パワハラ加害者扱い」された従業員に対するケア

Point
1.職場の人間関係・コミュニケーションのトラブルで、虚偽のハラスメント被害の申告がなされることがあります。
2.虚偽の申告で実際にはパワハラがなかった場合、加害者扱いされた従業員のケアを忘れてはなりません。


弁護士 佐藤 みのり


パワハラの加害者扱いをされた従業員の要望を聞き入れなかった事例(東京地裁・2015年3月27日判決)から、会社としてどのような対応が求められるのかを確認してみましょう。

1.問題となった事例の概要

Aさんは、X社に入社後、技術部に所属して顧客の窓口となってシステム上の問題を解決する業務に就き、Aさんより2年ほど前に入社したBさんと2人体制で業務に当たりました。


このBさんには、実は問題がありました。Bさんは、顧客やX社内のエンジニアとうまくコミュニケーションをとることができず、自分独自の考えを押し通し、「自分の仕事ではない」と頻繁に依頼を断わったり、必要性の低い作業を要求したりすることから、社内での信頼関係が崩れていたのです。


そこで、Aさんは、上司であるC技術部長に対し、Bさんの状況を報告しながら改善を求めました。


そうしたなか、C技術部長は、Aさん、Bさんと3人で打ち合わせを行い、Aさんに対し、チームリーダーになってBさんを指導するよう指示しました。


ただ、BさんとしてはAさんの指導を受けることに納得がいかず、この打ち合わせの場でAさんに対し、「自分に命令するな」という発言をしました。


そのため、チームリーダーとなった後も、AさんはBさんに対し、丁寧に仕事を依頼するよう心掛けましたが、Bさんは仕事を拒否することが多く、それがきっかけでAさんと口論になることもありました。


その際、C技術部長も周囲の従業員もその場に居合わせていたにもかかわらず、ただ傍観しているだけでした。


Aさんは、Bさんを他の部署に異動させることや、サポート体制を変更することなどを何度も求めましたが、状況はいっこうに改善されませんでした。


そのうち、Aさんが顧客対応をしている最中の案件を、Bさんが無断で引き継いで対応してしまうという出来事が発生し、AさんはBさんに対して、技術部全員を宛先に加えたメールで、Bさんの顧客対応には問題があることを指摘して注意しました。


すると、Bさんは、Aさんの行為はBさんの仕事を剥奪するもので、正論を装った個人攻撃であり、パワハラに当たるとして、X社のコンプライアンス機関に訴えたのです。


これを受けて、X社の人事部が関係者から聴き取り調査を行いましたが、パワハラの事実は確認されず、「パワハラはなかった」と結論付けました。


Aさんは、調査結果を告げられるとともに、さらに以後3か月、Bさんの指導をするよう指示されましたが、AさんはC技術部長に対し、Bさんと一緒に仕事をすることは不可能である旨を繰り返し訴えました。


また、Aさんが不在になると仕事が放置されて顧客に迷惑がかかる状況を改善しなければならないことなど、サポート体制の問題改善についてもたびたび訴えましたが、聞き入れられることはありませんでした。


そうした経緯を経て、結局、AさんはX社を退職しました。


退職後、Aさんは「職場の改善要求を1年以上訴え続けたにもかかわらず、まったく改善されることもなく、本来の業務以上の過重な業務、責任を強いられ、不本意な退職をさせられた」として、X社を相手に裁判を起こしました。

2.裁判所の判断

裁判所は、会社には、「労働者が業務を行う際、疲労や心理的負荷などが過度に蓄積し、心身の健康を損なうことがないように注意する義務」があることを認めたうえで、本件において、その注意義務を果たしたとはいえないとして、X社に対し、慰謝料50万円の支払いを命じました。


本件において、Aさんの業務負担の増加や、AさんとBさんの関係悪化の原因は、「AさんとBさんの2人体制であったこと、さらに、Aさんがチームリーダーに指名されたためである」として、そのような体制にしたX社には、Aさんが心身の健康を損なうことがないように注意する義務があることを認めています。


そして、2人体制で業務を担当する他方の同僚からパワハラを訴えられるというトラブルは深刻なもので、Aさん自身が、パワハラを訴えたBさんと一緒に仕事をするのは精神的に苦しく、不可能である旨を繰り返し訴えており、X社は、AさんかBさんを他部署へ配転したり、少なくともAさんとBさんとの業務上の関わりを極力少なくする体制をとったりする必要があったとしました。


本件では、サポート体制の変更も可能であったにもかかわらず、C技術部長はそのような対応をとらず、Aさんの心身の健康を損なうことがないように注意する義務に違反しているとしました。

3.事例から得られる教訓

本件では、パワハラの被害申告を受けて会社が一定の調査を行い、「被害がなかった」と結論付けた点については問題ありませんでした。


問題は、加害者扱いをされたAさんと、事実に反する被害申告をしたBさんを分離しないばかりか、トラブル発生後も、大きな問題を抱えるBさんの対応をすべてAさん1人に委ねようとしたところにあります。


そもそも本件では、大きな問題を抱えるBさんの対応に苦慮したX社が、Bさんの対応を任せられる人材が必要と判断し、Aさんを採用した経緯があるようです。X社としては、Aさん1人にBさんの問題をすべて委ねたかったのでしょうが、裁判所はそうしたやり方を認めませんでした。


X社側は、Aさんの業務負担が増加したのは、AさんがBさんとうまく協業しなかったからであり、Bさんがパワハラを訴えるなど関係が悪化したことも、2人の個人的な好き嫌いの感情の話だとして、会社として一定の対応をとる義務はないと主張しましたが、その主張は裁判所によって退けられています。


従業員同士の関係が悪化した場合、当該従業員同士の「個人的な問題」であるとして、会社が放置してしまうのは危険です。


特に、虚偽のハラスメント被害の申告があるようなケースでは、それだけ両者に埋められない溝ができているということであり、その状況は双方にとってストレスとなります。ましてや事実無根の被害を申告され、加害者扱いをされた従業員のストレスは相当なものでしょう。


会社は、すべての従業員の心と体の健康に配慮する義務を負っているのですから、ハラスメントの事実の有無を判断するだけではなく、業務に起因する従業員同士のトラブルから生じるストレスについても、一定の配慮が必要です。


サポート体制の変更や、両者を分離する措置などを積極的に検討するようにしましょう。



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