マネプラ・オピニオン もう一度、亡(ほろ)ばぬために

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



心から平和を願う人が、力をかざして()((いはく)されたら、どうすればよいのか。


1938年、ミュンヘン会談に赴いたチェンバレン英国首相であった。ドイツ首相ヒトラーは、「民族自決」を口実に、チェコスロバキアのズデーテン地方を要求した。


英国首相にすれば、あまりに多くの若者たちを戦死させた第一次世界大戦から、まだ20年しか経ていない。戦争だけは避けたい。「これが余の最後の望み」と誓うヒトラーを、チェンバレンは(い)()れた。


当面の平和を守って帰国した老首相を、英国民は歓呼して迎えた。が、若いチャーチル議員が異を唱えた。「野獣に子羊の一匹を与えれば、以後永遠におとなしくなると考えるのは幻想である」。


フランスでは、若い将校ドゴールが「機械化軍隊に向かって」なる論文で、ドイツの大軍拡に備えることを説いた。両人とも平和を危うくするタカ派と難ぜられた。しかし、彼らの洞察が的確であったことを、世界は半年のうちに知ることになる。


戦争につぐ戦争を重ねて、昭和20年に亡んだ日本帝国。310万人もの犠牲。戦後の日本人が平和を()(こいねが)うのは当然である。だが、今や力をもって現状を変更したい国々が、日本の周辺に中国、北朝鮮、ロシアとひしめいている。どうすればいいのか。


平和を望む、軍備競争はしない。そうした姿勢のベルギーを、ドイツは第一次世界大戦の劈頭(へきとう)に侵した。


侵略を考える国にとって無防備・無抵抗の国は、一番おいしい。①その国に抵抗力がない。②他の大国の介入がない。現状打破国はこの2条件をねらうのが一般的である。


日本はどうか。②はよい。日米同盟を大事にしてきた。欧州を含め協力的な国も多い。問題は①である。中国の国防費は日本の4倍。力の差はプロと学生野球ほどになりかねない。


ここで両極論を避けたい。一方で、中国と対等の抑止力をもつ。他方で、防備をあきらめる。小さくても効果的な対応力を、急ぎ整備したいものである。



◎「SMBCマネジメント+」2022年10月号掲載記事

プロフィール

兵庫県立大学 理事長/公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構 理事長 五百旗頭 真

(いおきべ・まこと)1943 年兵庫県出身。京都大学法学部卒業。同大学法学博士。神戸大学法学部教授、防衛大学校校長、熊本県立大学理事長などを経て、2018年4月から兵庫県立大学理事長。この間、日本政治学会理事長、政府の東日本大震災復興構想会議議長などを歴任。文化功労者。『米国の日本占領政策』、『日米戦争と戦後日本』、『占領期―首相たちの新日本』、『戦後日本外交史』など著書多数。

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