Netpress 第2223号 改正民法に対応 正しい運用を心がけたい「身元保証書」の実務

Point
1.従業員を採用する際、「身元保証書」の提出を求める企業は多いと思われますが、提出はさせたものの、法令に沿った適切な運用ができていないことも少なくないようです。
2.2020年施行の改正民法を踏まえ、法令に沿った身元保証書の正しい運用の実務を確認します。


吉村労働再生法律事務所
弁護士 吉村 雄二郎



1.身元保証契約とは

身元保証契約は、採用に際して、労働者が使用者に損害を与えた場合の賠償義務を確保する目的で締結される保証契約です。この保証契約を締結する人を「身元保証人」、契約書を「身元保証書」といいます。


たとえば、従業員が会社の資金を着服し、会社に損害が発生した場合に、本人が損害賠償義務を負うのは当然ですが、本人の支払能力の不足に備えて、身元保証人にも本人と連帯して損害賠償の支払義務を設定するのです。


また、これとは別に、従業員のさまざまなトラブルの解決に協力してもらうという機能も実務上は重要視されています。


たとえば、近時増加しているメンタルヘルス不調者について、症状によっては出勤もままならないという状況があり得ます。このような場合、休職の適用や退職について、身元保証人の協力を得て解決を図ることがあります。


そのほか、従業員が欠勤を続けて行方不明になった場合などにも、身元保証人の協力を得て所在確認その他の解決を図ることもあります。

2.身元保証契約の期間・更新

身元保証契約の有効期間を定める場合は5年を超えることができず、これより長い期間を定めても5年に短縮されます。期間を定めなかったときは、原則として契約の時から3年となります。


契約を更新することは可能ですが、更新する場合は、更新時より5年を超えることができません。


なお、身元保証契約を自動更新とすることは認められません。


更新の手間を省くために、賃貸借契約などにみられる期間の「自動更新」を定めておきたいと思われるかもしれません。たとえば、「保証期間満了の3か月前までに使用者に対して書面で契約を更新しない旨の申出をしなかったときは、身元保証契約は期間満了の日から引き続き同一期間、同一条件で更新する」といった条項です。


しかし、身元保証契約では自動更新は無効となります。身元保証法では、身元保証人の責任を限定するべく期間を限定した法の趣旨から、期間が自動的に更新されていつまでも身元保証人が責任を負う可能性のあるような定めは無効とされるのです。

3.身元保証人が負う損害額

身元保証人が負う責任の金額は、裁判所が決定した合理的な額に制限されます。全額は難しく、せいぜい損害額の2〜3割程度の賠償を求め得るに過ぎないのが実情です。


2020年4月施行の改正民法により、個人を保証人とする根保証契約全般について、極度額の定めが必要となりました。極度額とは、責任を負う上限となる限度額をいい、極度額の定めのない個人根保証契約は無効となります。


根保証契約とは、継続的な取引から生じる不特定の債務を保証する保証契約を意味します。たとえば、あらかじめ500万円という極度額を定めておけば、借入れが繰り返されて総額500万円を超えることになっても、保証人の責任は500万円に限定されます。想定外に多額の保証責任を負わないで済むのです。


身元保証契約は、従業員が将来会社に対して負担する不特定の債務を保証するものですので、根保証契約の一種といえ、極度額の定めが必要となります。

4.身元保証人への情報提供義務

会社は、身元保証人に対して情報提供をする義務があります。


使用者は、従業員に業務上不適任または不誠実な行為がある場合、あるいは任務、任地の変更等、身元保証人の責任に影響を及ぼす変更がある場合は、これを身元保証人に通知しなければなりません。


さらに、2020年4月施行の改正民法により、主債務者(身元保証契約における従業員本人)の履行状況に関する情報提供義務が新設されました。


保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本と主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものについての不履行の有無ならびにこれらの残額とそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければなりません。


また、主債務者が期限の利益を喪失した場合、債権者は保証人に対して、期限の利益喪失を知ってから2か月以内に通知をする必要があります。

5.身元保証人として適当な人物

身元保証には、①従業員が会社に損害を発生させた場合には、その損害を補填するという金銭賠償の機能があります。さらに今日では、②近時増加しているメンタルヘルス不調者への対応などで、身元保証人の協力を得て解決を図ることも念頭におくことがあります。


①の観点からは、賠償義務を履行できる「経済的に独立した者」であることが適当です。また、②の観点からは、親族のほか、これに代わる近親者であることが適当な場合も多くあります。


最終的には、企業において適当と認める者を身元保証人とすることができるようにするとよいでしょう。


なお、実際には、外国人採用の場合や家庭の事情等から,規定どおり身元保証人を立てられない場合もあります。そのような場合は、会社の判断で、身元保証人を不在または1名とすることを認めることはできます。

6.身元保証人の地位の相続

身元保証人が死亡した場合、その地位は相続されません。ただし、亡くなった時点ですでに発生していた具体的な身元保証債務は相続されます。


たとえば、従業員が会社に損害を発生させた後に、身元保証人である従業員の父が死亡した場合、その相続人である従業員の母は、すでに発生した損害に関する具体的な保証債務は相続しますが、身元保証人としての地位は引き継ぎません。


また、身元保証人の死亡により、身元保証人がいなくなります。それに対し、会社が身元保証人を立てることを就業規則などで雇用契約上の義務としている場合は、従業員に対し、新たな身元保証人を立てることを要求できます。



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