反怖謙一の「ABC」通信 自分の「正しさ」を緩める
経営者の皆さんは、事の軽重にかかわらず、日々何が正しいかを考え、これを判断や決断の根拠にされていることでしょう。
しかしながら、その正しさが世の中の誰にとっても正しいのならば、それこそ迷うこともないのでしょうが、「地を易(か)うれば皆然(しか)り」(人は皆、地位や境遇が異なるためにその意見や行為も異なるが、立場を変えれば相手の意見や行為を理解でき、することは一致する)との孟子の言葉が象徴するように、人間は正しさの見解を主観的にもたざるを得ない以上、その正しさは人によって千差万別です。しかも、そこに優劣をつける基準が存在しない以上、その正しさには常に密かな不安と逡巡がつきまといます。
では、どうすればスッキリ爽やかに自信と納得をもって判断や決断に至れるのでしょう。
一案として、できれば自分の正しさにガチガチに固執せず、相手側の考える正しさに思いを致して、相手の正しさを相手の立場から理解する感覚をもつことがあげられます。それができれば、非常に冷静かつ、目的達成に向けて最も効果的な行動を選択できるようになるのではないでしょうか。
すなわち、自分が正しいと言い争い、せめぎ合って白黒の決着をつけようとするのではなく、まずは自分の「正しさ」を緩めながら、相手の正しさにも理解と配慮をもち、お互いの主体性を尊重しつつ折り合うということです。人は、正しさに固執すればするほど、固執がもたらすリスクに気がつかないものです。故に、お互いの受容と配慮、そして相応の覚悟の下、お互いがそこそこ好むところを見出し合い、折り合って、双方が喜び合えるwin-winの関係を目指すのです。そのためには妥協もOKです。
一番良くないのは、物事が停滞して動かないことです。地球も、後戻りや停止することなく、前へ前へと自転しているからこそ、地球上の生き物が生きていけるのです。この点、妥協を含めての折り合い、いわゆる「妥結」は、実に自然の道理にもかなったやり方なのだと思います。
しかしながら、現実には妥結できず、どうしても白黒の決着をつけなければならない状況に陥ることもあります。そのときには、墓場までもっていく覚悟で、これは自分の意思の範囲外にあるものとして、潔く諦めて心を動かさないことが肝心です。
ここでの「諦め」とは、断念することではなく、「明らかに究める、ハッキリさせる、事実を事実として正面から見据えて目をそらさないこと」です。
いずれにせよ「折り合い」にも「エイヤの決着」にも、受容と覚悟を体現した人間としての器量、懐の深さが求められています。会社の存亡をかけて日々の判断・決断に苦悶する、経営者の皆さんの一助となれば幸いです。
◎「SMBCマネジメント+」2022年6月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。