マネプラ・オピニオン 非常事態に対処する仕組みを(五百旗頭 真)

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



 中曽根康弘元総理と話していた時、こんなことをおっしゃった。「もし大正時代に明治憲法を改正していたら、日本は第二次世界大戦で亡びることはなかった」。卓見だと思った。


 明治憲法は、つくられた19世紀末のあの時点で、優れた立憲君主制の憲法であった。しかし、人の手になる政治制度に完全なものはない。しかも時代は激しく流れ行く。いくつかの問題点のうち、首相権限の弱い分立的制度であり、とりわけ軍部の特権が拡大したことが憂慮された。明治憲法の起草者であった伊藤博文自身、そして大正期の原敬らが、統合力のある制度に改革しようとしたが、果たせなかった。第二次世界大戦では、米国に敗れる前に内圧に敗れた日本政治であった。


 一度憲法ができ上がると、不磨の大典であり神聖不可侵として修正を許さない原理主義的傾向が日本には強い。戦後の平和と民主主義の憲法についても、指一本触れさせないとの原理主義と、押しつけ憲法廃棄論の原理主義が対決して動かない。まずい条項を一つずつ改めましょうとの気運も生じてはいるが、両院の3分の2を得ることは至難である。


 外敵・大災害・パンデミックなどから国民を守るための非常事態条項が現憲法には欠けている。それでいて憲法改正は難しい。では何もできず、日本は破滅を宿命づけられているのか。そんなことはない。災害については、伊勢湾台風の後、災害対策基本法をつくり、阪神・淡路大震災や東日本大震災の経験を経て改正を加え、手厚い復興支援が可能になっている。憲法の欠陥は基本法と個別法によってカバー可能である。個別法は一般法に優先する。


 それ以上に実質的なことは、問題に関する専門的知識集団の存在と、それを組み込んで意思決定する政府の仕組みである。それは改憲を必要としないが、日本では全く弱体である。これほど大災害が頻発しても、防災庁すら存在しない。外敵・大災害・感染症に精通した専門集団を参謀本部として、首相が采配を振るえる仕組みを速やかに用意すべきではなかろうか。


◎「SMBCマネジメント+」2021年4月号掲載記事

プロフィール

兵庫県立大学 理事長/公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構 理事長 五百旗頭 真

(いおきべ・まこと)1943 年兵庫県出身。京都大学法学部卒業。同大学法学博士。神戸大学法学部教授、防衛大学校校長、熊本県立大学理事長などを経て、2018年4月から兵庫県立大学理事長。この間、日本政治学会理事長、政府の東日本大震災復興構想会議議長などを歴任。文化功労者。『米国の日本占領政策』、『日米戦争と戦後日本』、『占領期―首相たちの新日本』、『戦後日本外交史』など著書多数。

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