Netpress 第2167号 これからの従業員賃金の考え方は? コロナ後・インフレ・高齢化と抜本的賃金の再構築

Point
1.現実味を帯びつつあるインフレに対応した、生活保障としての「ベースアップ」を行うことは困難です。
2.インフレでクローズアップされるのは、「優秀人材の離職防止」と「採用促進」です。
3.インフレに伴う報酬の個別引き上げ対応のために、「年功からの脱却」と「優秀さの定義」を基本とした「報酬の現在価値化」が必須です。そのために、ジョブ型雇用を可能とする人事制度へ改定しなければなりません。


セレクションアンドバリエーション株式会社
代表取締役 平康 慶浩


1.現実味を帯びつつあるインフレにどう備えるか

インフレが現実になろうとしています。コロナショック、ウクライナ危機と世界的大事件が続き、半導体不足、各種原材料や原油価格の高騰など、デフレが続いた数十年とは違う様相をみせています。


すでにアメリカでは、インフレ率(消費者物価指数の対前年同月比)が、2022年1月時点で7%を超えています。日本での同時期数値は0.5%なので、対岸の火事にみえるかもしれませんが、決してそんなことはありません。


実際にインフレが進んでいくとしたら、企業としては、どのように備えなければいけないのでしょうか。ここでは、特に従業員給与のあり方についての考え方を示します。


まず、給与とインフレ率とは、どのような関係があるのでしょうか。デフレの数十年しか知らない状況では、なかなかイメージがわかないかもしれません。


そこで、長期時系列統計をみてみると、給与とインフレ率との相関度が極めて高いことがわかります(下グラフ参照。消費者物価指数と賃金引上げ等の実態に関する政府統計より筆者作成)。




その理由はシンプルで、物価が上がるなかでベースアップという手法を用いて、給与テーブルを書き換えていたからです。デフレ基調になるまでは、労働組合による春闘がそのきっかけになっていました。しかし、大企業でのベースアップ廃止宣言などもあり、一括でのベースアップ議論は、おそらく復活しないでしょう。「インフレが生活を圧迫するから、企業は給与を増やすべきだ」という生活保障としての給与決定ロジックを受け入れられる企業は多くないからです。

2.インフレ対応の本質は、優秀な人の離職防止と採用

先行してインフレが進んでいるアメリカの状況をみてみると、すでに給与水準が上がりつつあります。ただし、その理由は「生活保障」ではなく、「優秀な人に辞められると困るから&採用できなくなるから」です。


生涯転職平均回数が10回以上ともいわれるアメリカでは、給与水準に満足できなければ転職することに躊躇がありません。キャリアアップの選択肢として、いまいる場所で頑張ることと、新しい環境に飛び込むことが同じ優先度、いやむしろ転職のほうが高い優先度で検討されるのです。


特に優秀な人ほど転職という選択肢を選びやすいので、辞めてほしくない企業側は、過去の昇給割合よりも高い給与水準を提示するようになります。これから日本でもインフレが進むとしたら、離職防止&採用促進の観点から、個別給与水準の引き上げを考えていくことになるでしょう。


さて、では自社の人事制度は、そのような個別対応に適応することができるのでしょうか。

3.年功を払拭しないと、インフレ対応による人件費増が経営を圧迫する

弊社セレクションアンドバリエーションが人事制度の改定を支援する際に、既存人事制度を確認したなかで、年功的でない運用の企業はほとんどみかけません。成果主義人事が拡大したなかで年功割合が薄れたとはいえ、いまなお50歳台が給与の天井になる会社は当たり前のように存在しています。


年功が存在している会社で、優秀な人材の引き留めや採用のために給与を個別に引き上げる対応をとると、それらの人たちに対して、その後さらに年功的に昇給させることにもなりかねません。また、年功による序列がある際には、引き上げ対象となる人よりも社歴が長い人全員を、昇給対象として検討しなければならなくなることもあります。


実際に生じた事例としては、新卒初任給の引き上げがあります。採用力をアップするために初任給を1万円引き上げた結果、非管理職全員の給与水準を引き上げざるを得なくなったのです。

4.優秀さの定義を専門性や生産性に寄せることができるか

年功を是正しようと考えるのなら、給与額が高いことの理由を明確にしなければなりません。そのためには、給与と連動している優秀さの基準が必要となります。


しかし、多くの年功的企業では、長く勤務している間に昇給が積み重なって高い給与額を構成します。その結果、優秀さの基準があいまいになっています。確かにずっと貢献してくれてはいたものの、「いま優秀かどうか」は反映されていないのです。それでは年功の是正をすることができません。


いま年功を是正しようとする多くの企業では、「ジョブ型」といわれる人事制度への転換が進みつつあります。期待する職務や成果を具体的に定義し、その定義に基づいて処遇する仕組みですが、その本質は処遇する基準の変更です。蓄積した貢献度ではなく、現在生み出してくれる価値を基準にして処遇するということです。


「報酬の現在価値化」こそが、これから求められる賃金の考え方なのです。


いま求められる価値を提供できる人材を高く処遇する仕組みが、職務定義に基づくジョブ型人事です。長期雇用を前提とした評価と報酬の連動ではなく、長く働いてもらうための採用と引き留めのための報酬設計こそが、これから求められるようになります。

5.ジョブ型雇用に対応できる仕組みでインフレに備える

評価に基づく昇給、生活保障のためのベースアップなどは、いずれも長期雇用を前提とした日本社会に適した仕組みでした。しかし、ビジネス環境の変化が早まり、ビジネスパーソンの転職が当たり前になっていくなかで、長期雇用は前提にはなりません。


これから生じるインフレに際しても、全社員一律で対応するベースアップ議論を再燃させるのではなく、「年功からの脱却」と「優秀さの定義」を基本とした、ジョブ型雇用を可能とする人事制度への改訂を進めていく必要があります。



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