Netpress 第2164号 経営上の重要課題 労働生産性を低下させる「プレゼンティーイズム」とは

Point
1.最近、注目されはじめた「プレゼンティーイズム(presenteeism)」は、すべての人に起こり得ます。
2.プレゼンティーイズムを防止することは、企業と従業員の双方にとって、大きな意味、メリットがあります。


特定社会保険労務士
田中 理文


1.プレゼンティーイズムとは

「プレゼンティーイズム(presenteeism)」は、「アブセンティーイズム(absenteeism)」の対義語です。病気などで従業員が欠勤することを「アブセンティーイズム」といいますが、この「absenteeism」(absent=欠勤)に「present=出勤」を組み合わせた造語が「presenteeism」です。


プレゼンティーイズムは、「出勤はしているものの、心身の健康問題(体調不良)によって労働生産性が低下している状態」を意味します。


海外の研究などによると、主に「偏頭痛、腰痛、アレルギー性鼻炎、高血圧、メタボリックシンドローム、うつ病、睡眠時無呼吸症候群、糖尿病、肥満、がん、首の痛み・肩こり、背中の痛み等」の疾患がプレゼンティーイズムと関連が深く、労働生産性の低下への影響がみられます。


そのほか、女性特有の月経随伴症状・更年期障害や、日本で多い花粉症なども労働生産性を低下させると考えられますが、これらの影響を受ける人は多いでしょう。


なお、「心身の健康問題」以外の理由、たとえば個人的な悩みなどからもプレゼンティーイズムは生じますが、この問題については、ここでは省略します。

2.プレゼンティーイズムのリスク

プレゼンティーイズムについての研究は海外で先行していますが、日本でも2016年に東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニットによる研究結果が報告されています。


多くの中小企業では、プレゼンティーイズムという考え方は、必ずしも浸透していないと思われます。しかし、健康状態が悪いために仕事の効率が落ちるということは、企業の経営上、無視できない問題といえます。


また、プレゼンティーイズムには、仕事の効率が落ちるばかりではなく、次のようなリスクもあります。


・感染症の蔓延……何らかの感染症の疾患があるにもかかわらず、無理に出勤して同僚等に感染を広げてしまう

・従業員自身のさらなる健康悪化……体調不良であるにもかかわらず、無理に出勤して健康状態がさらに悪化し、中長期にわたって欠勤してしまう


プレゼンティーイズムを防止することは、企業にとっては健康関連コストの削減、従業員にとっては体調不良でも働かざるを得ない時間の減少というように、労使ともに十分なメリットがあります。


今後は、より科学的な対応方法でプレゼンティーイズムを防止することが期待されます。

3.プレゼンティーイズムの評価方法

プレゼンティーイズムの評価については、複数の方法が開発されています。いずれも質問形式で、過去の一定期間の状況を従業員が思い出しながら回答します。そのため、回答者の記憶と主観によるところが大きく、必ずしも結果は正確ではありません。また、評価方法によって結果に差が生じます。


たとえば、前出の東京大学の健康経営研究ユニットが作成した「東大1項目版」の質問は、次のようなものです。


『病気やけががないときに発揮できる仕事の出来を100%として、過去4週間の自身の仕事を評価してください。』


この質問に対する回答によって労働生産性の低下率を測るのですが、質問の性質上、主観的な回答となってしまう点は否めません。明確な数値分析が難しいうえに、会社には結果を分析する知見が求められます。しかし、当初は試行錯誤があったとしても、自社で測定を重ねることによって精度を高め、実務に役立てることは可能でしょう。

4.プレゼンティーイズムをどのように防ぐか

まず、企業、従業員ともに、プレゼンティーイズムについて理解することが第一歩です。課題を知らなければ予防することもできません。そのうえで、会社、従業員それぞれの対策を考えるとよいでしょう。


なお、これらの対策は、プレゼンティーイズムに限らず、ハラスメント、メンタルヘルス、従業員満足度の向上をはじめ、そのほかの労務問題にも広く対応することができます。


【プレゼンティーイズムを防止するために有効な対策】


会社が行うべき主な対策
従業員が行うべき主な対策
●休みやすい環境や制度を整える
 受診や休養に従業員が心理的負担を感じない環境や制度を整える。
●時間単位の年次有給休暇を導入する
 時間単位の年次有給休暇の取得により、従業員はより医療機関を受診しやすくなり、健康状態の悪化を防ぐことができる。
●業務の代替性を高める
 誰かが休んでも業務が円滑に進むよう業務分担をしておく、またはマニュアルを作成して他の人でも処理ができるようにしておく。
●社内コミュニケーションを活発にする
 普段から上司や同僚とのコミュニケーションが活発であれば、体調不良の初期段階で早退や休暇取得などの対応を図ることが可能になる。
●疾患や症状の改善指導を行う
 プレゼンティーイズムの原因となる疾患や症状に対して、産業医等と連携して改善を指導する。
●ワーク・エンゲージメントを高める
 ワーク・エンゲージメントが高いと、プレゼンティーズムの発生率が低い。
●プレゼンティーイズムについて発信する
 社内報などで、定期的にプレゼンティーイズムとその対策について発信し、有効な対策については全社で共有する。
●日頃の食生活や健康管理に注意する
 日頃から、規則正しくバランスのよい食事を摂ること、喫煙や飲酒を控えて体調を整えることが大切。
●睡眠時間を十分に確保する
 睡眠時間は6時間以上が望ましい。合わせて、十分な休養や連続した年次有給休暇を取って、心身を休ませることも有効。通勤時間が長い人、育児や介護をしている人などは、特に睡眠時間が不足するおそれがあることに注意が必要。
●体調が悪くなった場合は、早めの休養、医療機関の受診を心がける
 「病気かな」「体調が悪いな」と思ったら、早めに年次有給休暇を取得して休養する、医療機関を受診するといった習慣を持つことが大切。その際、時間単位の年次有給休暇を活用できれば、受診に必要な時間だけ休むことが可能になる。


今後、日本は労働力不足となることが予想されます。プレゼンティーイズムを防止することによって、従業員の労働生産性を高めることができれば、労働力不足の解決にも一定の効果が期待できます。


経済産業省が主導する「健康経営」でも、プレゼンティーイズムが課題として挙げられています。プレゼンティーイズムの防止は、「健康経営」や働きやすい職場の実現につながります。



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