Netpress 第2162号 判例から読み解く このメールのやり取りハラスメントになるの?
1.ハラスメントになることをおそれて、職場でのコミュニケーションが萎縮してしまうケースが増えています。
2.ここでは、メールの文面が問題になった事例から、違法なハラスメントとなるか否かのポイントを確認します。
弁護士 佐藤 みのり
会社内で日常的にやり取りされるメールですが、内容や表現によってはハラスメント問題に発展することがあります。
上司が部下に送ったメールの内容が問題となった事例(東京高裁2005年4月20日判決、〈原審〉東京地裁2004年12月1日判決)を参考に、違法なハラスメントになるか否かの境界線を探ってみましょう。
1.問題となった事例の概要
Aさんは、X社のY部署でエリア総合職の課長代理として勤務していました。エリア総合職は、他の社員区分と比較すると、高度かつ広範な知識・経験に基づき、職務を創造的かつ効果的に遂行することが求められます。
Aさんは、担当案件の処理状況が芳しくなく、月の処理件数が1件ということもありました。上司であるBさんは、Aさんを叱咤激励しましたが、その後もAさんの処理状況は改善しませんでした。そのため、Aさんの人事考課は、7段階中、下から2番目でした。
こうした状況を受けて、Bさんは、Aさんを含むY部署の従業員とC所長に宛てて、「A課長代理、もっと出力を」という題名で、「現在、○○取り組みの真っ只中ですが、A課長代理は全くの出力不足です。処理件数が1件で、叱咤激励しましたが、本日現在、10件と、課長代理として全く出力不足と言わざるを得ません。本日中に、全件洗い替えをし、私へ報告のこと。全件の経過管理を記入すること」といった内容のメールを送信しました。
C所長は、このメールを見て、「Bさんのメール『A課長代理、もっと出力を』について返信します」という題名で、Aさん、Bさんを含むY部署の従業員十数名に、次の記載を含むメールを送りました(この記載の部分は、赤文字で、ポイントが大きな文字になっていました)。
1.意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を上げますよ。本日現在、10件処理。○○さん(途中入社2年目の従業員)は17件。これ以上、この部署に迷惑をかけないで下さい。 2.未だに始末書と出向の報告がありませんが、業務命令を無視したり、業務時間中に勝手に業務から離れるとどういうことになるか承知していますね。 3.本日、半休を取ることを何故部署全員に事前に伝えないのですか。必ず伝えるように言ったはずです。我々の仕事は、チームで回っているんですよ。 |
C所長は、Aさんから業務に対する熱意が感じられず、エリア総合職の課長代理という立場であるにもかかわらず、実績を上げないことが、他の従業員の不満の原因になっていることを考え、Aさんへの指導を行うとともに、Bさんのメールの内容を支持することを表明する必要があると判断し、このメールを送りました。
その後、C所長のメールを不快に思ったAさんは、このメールはパワハラに当たるなどとして、裁判を起こしました。
2.裁判所の判断
本件は、一審と二審で判断が分かれました。
一審は、メールが送られた経緯やメールの文言から、C所長のメールを「一時的な叱責(「辞職願を出せ」という働きかけではない)」「業務指導の一環」「私的な感情から出た嫌がらせではない」などと評価し、違法なパワハラとは認めませんでした。
一方、二審は、Aさんの名誉感情を毀損するものとして違法性を認めました。二審が考慮したのは、①メール送信の目的、②表現方法、③送信範囲などです。
①目的は、「Aさんの地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤督促する趣旨」であり、是認できるとしています。
しかし、②表現方法については、「会社を辞めるべきだと思います」や「会社にとっても損失そのものです」といった表現について、「退職勧告とも、会社にとって不要な人間であるとも受け取られるおそれのある表現」であり、「人の気持ちを逆なでする侮辱的」な表現が含まれており、許容限度を超えていると評価しました。また、赤文字で、ポイントを大きくした点も、問題視されています。
さらに本件では、③送信範囲について、Aさん本人のみならず、同じ職場の従業員十数名にも送信されたという事情も加わり、結論として、Cさんのメールは違法であるとして、慰謝料5万円を支払うよう命じました。
3.事例から得られる教訓
社内で日常的にやり取りされるメールですが、たった1通のメールが、裁判で争われる事態にまで発展してしまうこともあるので、注意する必要があります。メールは証拠として残ることもあり、嫌がらせ目的で、人格を否定するような内容を送れば、後々トラブルになることは明らかです。
しかし、本件のように、他の従業員が抱く不満にも配慮し、仕事への熱意がなく、立場に見合った実績を上げない従業員を指導する目的で送ったメールがパワハラとして訴えられるとは、多くの人が予想できないのではないでしょうか。
本件からは、次のような教訓が得られるでしょう。
・目的が正当であっても、表現が行き過ぎると、違法になり得る
・乱暴な言い回しでなくても、「会社を辞めるべき」や「会社にとって不要」といった内容は、行き過ぎと判断され得る
許容限度を超えた表現か否かを判断する際の参考として、以下、本件以外の事例を一つ紹介します。
直行直帰が禁じられているにもかかわらず直帰した部下に対し、上司が午後11時頃、「電話出ないのでメールします。まだ○○(場所)です。うらやましい。僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません」というメールを送りました。
この件では、上司はメールの後、さらに二度携帯電話に電話をかけ、怒りをあらわにした留守電を残しています。
裁判所は、このメールと電話について、内容や語調、深夜であったこと、上司の部下に対する従前の態度などを踏まえ、「帰社命令に違反したことへの注意より、部下に精神的苦痛を与えることに主眼が置かれたもの」と評価し、違法なパワハラと判断しました。
メールは文字だけで表現するものなので、ニュアンスが伝わりにくいという特徴もあり、内容、表現、送付先、時間帯など、さまざまなことに気を配りながら送る必要があります。
なお、熱意のない従業員に対する厳しい叱責は、功を奏しないことが少なくありません。冷静な指導を続け、問題が改善されない場合は人事異動や、悪質なケースでは適切な手続を踏んだうえで降格を検討するなど、感情を排除して淡々と対処することが大切です。
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