反怖謙一の「ABC通信」 組織の現実を観る
ABC通信は、日々の気づきや学びを基に、物事の根本や本質について忘備録的に書き綴ったものです。ABCは、A(あたりまえのことを)、B(ぼんやりせずに)、C(ちゃんとやる)の略で、私自身の座右としているものです。
私は師団長時代、よく隷下部隊を隠密に現地視察していました。
もちろん定期的に指揮官から部隊現況の報告を受けていましたし、公の現地視察もしていましたが、本当の姿、現実の実態を見極めたく、ひそかに早朝や夕方を中心に隊務遂行の様子を直接視察していた次第です。
人間は表面をつくろったり飾ったりすることはできても、裏面(背中)は隠せません。
「面(おもて)に見(あらわ)れ、背に盎(あふ)る」(孟子)という箴言(しんげん)があります。
「人間は面よりも背の方が大事だ。徳や力というものは、先ず面に現れるが、それが背中、つまり後姿─肩背に盎れるようになってこそ本物といえる。(中略)人を観るときは前よりも後から観るのがよい。前はつくろえるが、後はごまかせないからだ」※1、という意味です(観るとは、心の目で見る、感じ取ることです)。
それ故、特に朝礼や夕礼で隊員が整列して、指示事項や連絡事項を伝達・共有している場面をメインに、それぞれの背中を直接自分の目で見て、感じるようにしました。
そして、指揮官からの報告内容と部隊現実の実態とのずれ、違和感に関して徹底的に情報収集し、これを指揮官に伝え、原因分析とその改善に関して、ともに考え、改善策の実行を促し、その成果の手応えをともに喜んだ次第です。
完璧な人間などおらず、複雑で一筋縄ではいかない人間集団をまとめ導いていく困難さは自分も過去に指揮官として経験済みであり、それがわかるだけに、姑根性のあら探しでは決してなく、指揮官の部隊統率をよりよくフォローしたい親心からの行動でした。
人間集団をまとめ上げ、方向づけしていく立場の経営者の皆さんの中には、同じような取り組みをされている人も多々おられると思いますが、大和ハウス工業株式会社の樋口武男最高顧問もその一人だったようで、社長就任時のエピソードとして、こんな話をしておられます。
「『伝える気がないなら、話などするな』2001年4月1日のことです。大和ハウス工業の社長に就任した私は、その初日から部下を怒鳴ってしまいました。
その日の朝、管理職を集めて訓示した私は、各階を順に回り、私の訓示を管理職が部下にどう伝えるかを見ました。ある事業本部で、役員が社員を集めて話していたので、最後列で一緒に聞くことにしました。
ところが役員の声がちっとも聞こえてこない。横にいた若手社員に尋ねても、聞こえないと言う。『こんな形式だけの朝礼はいらない』。怒りが込み上げ、冒頭の言葉が口をついて出たのです。
大和ハウス工業の役職員は豊かさに甘え、大企業病に陥っている。社員の意欲を高め、もう一度『戦う組織』にしなければならない──。そう痛感した私は、思い切った改革に踏み切りました」※2
なるほどな、と思います。一部の部隊の実態は、樋口氏の指摘と酷似していました。
確かに、後ろのほうの聞こえない隊員は、うつむいて地面を蹴っていました。経営者の皆さん、御社は大丈夫ですか?
※1 安岡正篤『照心語録』(致知出版社、2001年)
※2 『日経ビジネス』2014年12月15日号P93「大和ハウス工業 樋口武男の経営教室」
◎イラスト/遠藤宏之
◎「SMBCマネジメント+」2022年1月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。