マネプラ・オピニオン 新しい「人的」資本主義への覚悟(冨山和彦)

本コラム「マネプラ・オピニオン」は、6名の識者の方々に輪番制でご担当頂きます。それぞれがご自身の視点で経営者の方々へのメッセージをまとめた連載コラムです。



岸田内閣が「新しい資本主義の実現」を標榜している背景の一つに、欧州を中心に議論が始まった、環境問題や格差などの社会問題に対して、資本主義すなわち企業や投資家がより直接的に課題解決にコミットし、よって人間社会の持続性を高め、それを企業の持続性につなげていくべきではないかという、ESG(Environment, Social, Governance)指向の資本主義の議論がある。


短期利益よりも長期持続的な成長重視。株主至上主義ではなくマルチステークホルダー指向の統治原理。環境負荷に関する情報やジェンダーバランスなどの多様性指標や人的資本への投資など、非財務情報を重視する。この流れをぼんやり聞いていると、従業員を大事にする懐かしい昭和の日本型経営の再評価に聞こえるが、決してそんな緩い話ではない。


マラソンをなりふり構わず走るのではなく、静かに、美しく、かつ2時間で走れというのが、ESG指向の資本主義が要求する中身である。


人を大事にする、人材への投資を重視する経営というと、多くの日本の経営者は、「日本伝統の三方良し経営の時代だ!」とぬか喜びする。


しかし、この30年間の経緯を見ると、人的資本経営への転換に遅れたのはむしろ日本の企業群だ。


付加価値の源泉が設備などの物的資産から急速に知的資産、無形資産にシフトする知識集約産業の時代において、昭和の時代の「一度雇った正社員の雇用は定年まで守ることこそが人を大事にすること」という論理はもはや通用しなくなった。


新しい時代に人を大事にするということは、人材市場の流動性やスキルセットの変化を所与として、多様な人材をそれぞれ個として輝かせ、知的な価値創造に邁進させることであり、そのための積極的な能力開発投資、そして個の能力と実績に応じた報酬で人材に報いることである。


新しい21世紀の「人的」資本主義の勝者となるためには、異次元の会社と経営の大改造、コーポレートトランスフォーメーションをやり抜くしかない。覚悟を決めて前に進もうではないか。


◎「SMBCマネジメント+」2022年1月号掲載記事

プロフィール

株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長 冨山和彦

株式会社ボストン コンサルティング グループ、株式会社コーポレイト ディレクション代表取締役を経て、2003年、株式会社産業再生機構設立に参画しCOOに就任。解散後、07年に株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEOに就任。20 年10月よりIGPIグループ会長。20 年に株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)設立、代表取締役社長に就任。パナソニック株式会社 社外取締役、経済同友会政策審議会 委員長、日本取締役協会会長、政府関連委員多数。

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