Netpress 第2121号 コロナ倒産の増加に対処 「貸倒損失」の発生に備えた証拠書類の揃え方
1.課税庁は、黒字の事業年度に恣意的に貸倒損失を計上するような申告(利益操作)をもっとも嫌います。
2.トラブルを防ぎ、課税庁を納得させるために、どのようにして証拠書類を整備すればよいかを解説します。
弁護士・税理士
西中間 浩
売掛金、受取手形、貸付金などの金銭債権が回収できなくなることを「貸倒れ」といいます。「貸倒損失」とは、この貸倒れに伴う経済的な損失のことです。当該損失金額を計上するための勘定科目にも、「貸倒損失」という言葉が用いられます。貸倒損失は、債権者となり得る個人、法人の双方で発生する可能性があります。
以下では、法人の貸倒損失の発生に備えた証拠書類の揃え方について解説します。
1.税法上の取り扱いと証拠書類
法人で貸倒損失が発生したときは、貸倒損失が発生した事業年度において損金に算入することになります。そのため、申告する際の証拠書類としては、貸倒損失が発生したこと、すなわち金銭債権が回収できなくなったことを疎明・証明できる書類が必要です。しかし、どのような状態であれば金銭債権が回収できなくなったと評価できるのか、法律上は明確に記載されていないため、納税者は難しい判断を強いられます。
貸倒損失を計上したい納税者としては、債権の全額の回収ができないことを示す必要があり、それらを客観的に明らかにするために、次の書類を揃えることになります。
・債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情を示す書類……債務者の過去数年分の決算資料、支払状況を示せる資料など ・債権回収に必要な労力、債権回収を強行した場合に生じうる他の債権者とのあつれき等の債権者側の事情、経済的環境等を示す書類……債権の明細書、根拠となる契約書類、人件費も盛り込んだ想定回収費用の計算書、債権者リスト、納税者と他の債権者との関係や業界をとりまく経済状況等を示せる資料など |
もっとも、こうした書類を揃えたとしても、最後は「社会通念に従って総合的に判断される」(判例の言い回し)ことになります。そのため、納税者としては、貸倒損失の計上には消極的にならざるを得ないところがあります。
また、その事業年度末に貸し倒れていることには課税庁と争いがなくても、その事業年度において「初めて」貸し倒れるに至ったということまで示せなければ、法人所得では期ズレの問題を発生させてしまいます。そうなると、ただ書類を揃えるだけでなく、「その事業年度に貸し倒れたという評価をなぜ行ったのか」という根拠まで示す必要があります。
課税庁は、黒字の事業年度に恣意的に貸倒損失を計上するような申告(利益操作)をもっとも嫌います。そこで納税者としては、たとえば、あらかじめ貸倒損失の計上基準を経理規定などに定めておいて、稟議書等でそのとおりに行ったことを示すといった対応をとることが考えられます。
2.通達上の取り扱いと証拠書類
貸倒損失の計上は、法令のみに従って行おうとすると、かなりハードルの高いものとなってしまいます。そのためか、課税庁は、比較的容易に、できる限り形式的に貸倒損失が計上できるようにする救済的な法令解釈も行っています。
法人税の貸倒損失についての通達は、大きく分けると「法的な貸倒れ」「事実上の貸倒れ」「売掛債権の特例」の3つがあります。以下では、そのうちの「事実上の貸倒れ」と「売掛債権の特例」について、ポイントを確認してみましょう。
(1) 事実上の貸倒れ(法人税基本通達9−6−2)
法令で定める基準とほぼ同じであり、「全額が回収できない」ことまで示す必要があります。さらに「回収できない」といった抽象的な基準で判断されることから、疎明・立証のハードルが高くなっています。
法令と異なるのは、損金経理が要件となっている点です。法令解釈としては、損金経理はいらないとする裁判例もありますが、課税庁と揉めないためにも、必ず損金経理を行っておいたほうがよいでしょう。なお、担保物があるときは、その担保物の処分後でなければ、貸倒れとして損金経理することはできません。
債務者や保証人の資産状況、支払能力等を示す資料としては、次のようなものが考えられます。
・債務超過状態を示す決算書・確定申告書 ・所有不動産の不動産鑑定評価書 ・債務者の取引銀行・取引先から事情を聴取した調書 ・信用調査会社による調査書 ・強制執行の裁判所からの通知書 ・行方不明(受取人不在)で戻ってきた催告書(未開封のまま保存) ・天災事故、死亡、債務者や債務者の業界に経済状況の急変があったことを示せる資料 |
また、通達には「回収できないことが明らかになった場合」とあることから、回収の努力を続けていたことも必要です。このことを示す書類としては、次のようなものが挙げられます。
・弁済の請求・催告を行った配達証明付き内容証明郵便 ・担当役員や取締役会に提出した債務者等の資産状況等報告書、稟議書など |
(2) 売掛債権の特例(法人税基本通達9−6−3)
比較的容易に、形式的に貸倒損失が計上できるようにする「救済的な法令解釈」ともいえるのがこの通達です。
売掛金や未収請負金などの継続的な営業債権に限定されており、貸付金などの金銭債権を含まないことに注意が必要です。そのうえで、①期末からみて当該債務者と1年以上取引がなく、回収もまったくできていない場合(担保物がある場合を除きます)か、②取り立てに来たら支払うと言われているが、回収費用を考えると割に合わない(回収費用のほうが上回る)という場合には、備忘価額1円の損金経理で貸倒損失を認めるものです。債務者ごとに備忘価額が必要なのは、事実上の貸倒れとは違って債権が回収できる可能性が残っており、簿外資産の発生を防止するためです。
取引を停止した理由としては、債務者が債務超過に陥って経営状況が悪化したことに基づく必要があります。取引条件が合わなくなった、信頼関係が損なわれたといった理由では認められません。
疎明・証明書類としては、次のようなものが挙げられます。
・取引の内容、入金状況、取引停止日を確認するもの……納品書(控)、請求書(控)、売掛台帳など ・担保物がないことを示すもの……債務者との売買契約書など ・取引を停止したのが債務者の経営状況の悪化に基づくことを示すもの……与信審査報告書など |
取締役会議事録や稟議書など意思決定過程を示す書面でこれらを整理し、まとめて記載・添付することも有用です。
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