Netpress 第2110号 使い勝手が向上!企業による奨学金の「代理返還」の新制度とは
1.奨学金制度を利用する学生の多くが、貸与型の奨学金の利用者です。貸与型の場合、卒業後、働きながら返還することになりますが、返還負担を背負いきれず、「奨学金破産」に陥るケースも少なくありません。
2.ここでは、奨学金の返還について、企業からの直接送金が可能になった「代理返還」の新制度を紹介します。
公認会計士・税理士
佐々田 智子
奨学金事業を担う独立行政法人日本学生支援機構は、奨学金返還者本人からの送金しか認めていなかった返還方法について、ことし4月1日から返還支援企業からの直接送金も受け付ける形に変更しました。
返還支援企業・支援対象者にとって何がどのように変わるのか、従来との違いや留意点を確認します。
1.返還金の給与上乗せによる弊害
従来、企業が従業員の奨学金返還を支援する場合、返還金相当額をいったん給与に上乗せして対象の従業員に支払う必要がありましたが、この方法にはいくつかのデメリットがあります。
所得税法では、給与として支給される金額等のうち、「学資に充てるため給付される金品」には所得税を課さないこととしています。しかし、企業が奨学金返還者である従業員に返還金相当額を支給する場合、それが実際に奨学金の返還に使用されたことを証明するのは難しく、返還金相当額は課税給与扱いとせざるを得ませんでした。
その結果、返還金相当額にも所得税・住民税が課されるため、本人の手許に残る額は返還金元本よりも目減りしてしまいます。さらに、所得が増加することによって、社会保険料の算定基礎(標準報酬月額)がアップし、企業・従業員とも社会保険料負担の増加につながるというデメリットもありました。
2.企業による直接送金が可能に
ことし4月からの新制度で、企業が従業員に代わって直接奨学金を返還できることになり、「返還金相当額への給与課税」などの問題が解消され、より円滑に奨学金返還の支援を行えるようになりました。
従来の返還の流れと、4月以降との違いは、次のようなイメージになります。
日本学生支援機構の貸与型奨学金を受けていた従業員(支援対象者)について、企業が返還額の全額を負担するケースだけではなく、本人の返還額に企業が上乗せをして返還するケースでも、企業・従業員それぞれが自己の負担する金額を直接送金することができます。
ただし、企業・従業員双方からの返済は、日本学生支援機構のシステム上で対応可能な方法に限定されます。
3.企業・従業員の課税関係等
新たな代理返還制度を利用した場合、企業と従業員それぞれの返還金相当額の課税関係等は、下表のようになります。
企業がいったん従業員に返還金相当額を支給する方法との最大の違いは、従業員の所得税・住民税の計算上、企業が直接返還する金額が非課税となる点、また、それに付随して社会保険料の算定基礎の対象外となる点です。
これによって、代理返還金は完全に給与体系とは切り離され、給与体系を変更せずに返還支援制度を採用することができます。
企業側の法人税の計算においては、従来どおり損金扱いとなりますが、法人にとっての「給与」である点は変わりがなく、外形標準課税の付加価値割の算定基礎となる「報酬給与額」や、事業所税の従業者割の基礎となる「従業者給与総額」に含めて計算する必要があります。
4.こんなケースは注意が必要
上記の課税関係は、企業が直接返還する奨学金が、法人税法上の「従業員給与」に該当し、かつ、「学資に充てるため給付される金品」として所得税が非課税となることが前提です。
したがって、これらの要件に当てはまらない場合には、日本学生支援機構への代理返還自体が認められないか、仮に認められたとしても返還金を損金に算入することができません。返還支援を受ける従業員側も、支援額について何らかの所得として課税されることになりますので、注意が必要です。
代理返還制度の対象外となるケース、もしくは課税上の制約を受けるケースの具体例は、次のとおりです。
・奨学金返還の支援を受ける者が役員(使用人兼務役員を含む)の場合、役員報酬に該当する部分は、法人税法上損金に算入できず、支援を受ける本人も所得税が課される ・従業員給与として過大とみなされる額は、法人税法上損金に算入できず、支援を受ける本人も所得税が課される ・返還支援対象者は、返還を行う企業の従業員として雇用契約がある者に限られる ・企業が日本学生支援機構に奨学金を返還した後、本人に返還を求める場合は、代理返還制度の対象外となる(このような形で企業が支援した金額は、貸付金として処理すべきで、損金算入はできない) |
5.企業名等の公表で学生にアピール
企業が代理返還制度を利用するメリットの1つとして、代理返還制度を導入している法人の企業名・返還支援の要件等が、日本学生支援機構のホームページに掲載されることが挙げられます(希望する場合のみ)。
これにより、奨学金の貸与を受けている学生に対して、自社の奨学金返還支援制度や人材育成・支援への姿勢をアピールすることができます。
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