Netpress 第2518号 最低限の事業継続に向けて 経理部門のための 「BCP」策定ガイド

Point
1.非常時に経理部門の業務を最低限有効に機能させることが、事業の継続を担保することにつながります。
2.そこで、経理部門の視点から、BCP(事業継続計画)策定のポイントについて解説します。


吉岡公認会計士事務所代表
公認会計士
吉岡 博樹


 本来であれば、すべての企業が全社的なBCPを策定すべきところですが、平時にBCP策定の重要性を意識することは難しく、より優先順位の高い業務に注力しがちです。しかし、実際に自然災害などに直面して従業員が出社不能となっても、あるいは事業運営が止まっても、従業員への給与支払いや取引先への支払いは待ってくれません。


 そこで、全社的なBCPの策定が進まない企業こそ、まずは経理部門からBCPの策定を始めてみてはいかがでしょうか。経理部門は日々、入出金を管理し、税務や社会保険、金融機関対応も担っています。つまり、いかなる状況でも経理部門の業務を最低限有効に機能させることが、事業の継続を担保することにつながるのです。

1.経理部門のBCPの目的と基本設計

 経理部門のBCPを策定する際、非常時においてまで、経理業務を完全に回すことを目指す必要はありません。やるべきことを整理して優先順位を明確にし、最低限の事業継続を図ることを目的とします。

 この目的を達成するため、次の4つの観点から、非常時に最低限回すべき経理業務を整理していきましょう。


(1) 給与支払い(雇用の維持)

(2) 取引先と金融機関への支払い(仕入代金、外注費、リース料などの支払い、借入れ返済による信頼の維持)

(3) 税金と社会保険料の納付(猶予制度の活用などによる資金流出の軽減)

(4) 資金繰りの把握(数か月先までの現預金残高と入出金の予測による倒産リスクの軽減)


 意識すべきは、非常時は数日で終わるとは限らないということです。自然災害やパンデミックにより、建物やシステムの復旧、従業員の復帰に数か月から数年を要することもあります。最大の非常事態を想定したうえで、発生から24時間、3日、1週間、1か月というように、時系列で自社が最低限継続すべき業務内容をまとめておくことが重要です。

2.非常時に最低限回すべき業務と仕組みづくり

 上記の4つの観点から、経理部門のBCPではどのような対策を準備しておけばよいかをみていきましょう。


(1) 給与支払いを止めない仕組み

① 代替運用の選択肢を決めておく

 筆者の関与先では、非常時用の業務フローを用意しています。代表的な例は次のとおりです。


  • 従業員の勤怠状況が確定できない場合は、前月など過去実績に基づく概算払いまたは固定給部分のみの先払いとし、交通費や変動手当などは後日精算とする
  • 給与振り込みが困難な場合は、別の金融機関を用いた代替的な振り込みを行うか、手渡しで支給する


 ここで重要なのは、非常時を想定した事前の関係者間による合意です。概算払いは、就業規則や給与規程とも関係するので、人事や総務の担当者、社会保険労務士と連携し、非常時の扱いを決めておく必要があります。


② 振り込み権限を1人に限定しない

 非常時に給与振り込みができない原因として多いのは、「操作できる人が不在」であることです。


 インターネットバンキングのログイン情報やワンタイムパスワードの情報、振り込み手続が1人の担当者に集中している場合、その人が操作困難な状況になると振り込み業務ができなくなります。このようなリスクに対応するには、複数人での情報共有や代替担当者の設定などが重要となります。


(2) 取引先と金融機関への支払いを止めない仕組み

① 支払いの優先順位は金額よりも影響度で決める

 非常時には手元資金が限られ、すべての取引先に対して期日どおりに支払えない局面が起こり得ます。その際に役立つのが、支払いの優先順位をまとめた資料です。金額の大小や取引年数ではなく、供給停止や契約解除、信用の毀損といった影響度の大小で優先順位を決めるのがポイントです。


 なお、影響度が軽微な場合も、取引先に連絡のうえ支払いの留保を依頼するといった誠実な対応は欠かせません。


② 社外から情報にアクセスできる仕組みを構築する

 社内の個人用パソコンに保存された資料は、建物の倒壊などで閲覧できなくなる可能性があります。クラウドストレージに経理関連の資料を保存するなどの方法で、少なくとも取引先ごとに振込口座、金額、期日などが記載された支払一覧については、社外からでもアクセスできる状態にしておくことが望ましいといえます。


③ 非常時における簡素化された承認プロセスを設定する

 非常時においても、平時と同じ稟議や押印といった承認手続を求めると、支払いの遅延につながります。取引先や金額、期日などに一定の基準を設け、その基準内では担当者が単独で支払いを行うことができるというような承認フローの簡略化に関するルールを決めておくことが重要です。非常時には、迅速な判断と行動が事業継続を左右します。


(3) 税金と社会保険料の納付を止めない仕組み

 国税庁は、災害時などにおける税の申告・納付期限の延長や納税の猶予の制度を設けています。日本年金機構でも、厚生年金保険料等の納付の猶予が受けられる旨を規定しています。


 経理部門のBCPを考える際に大事なのは、こうした制度を網羅的に暗記することではなく、非常時にどこに相談すればよいかを把握しておくことや、税理士や社会保険労務士等の専門家に相談できる体制を整備しておくことです。


(4) 資金繰りの把握を止めない仕組み

① 資金繰り表は平時から運用する

 筆者の経験上、資金繰り表を運用している中小企業の割合はまだまだ低いと感じます。平時から、非常時にも役に立つという観点のもと、資金繰り表を月次ベースで作成し、主要な入出金は最低限入力するとともに、半年先までの現預金残高の推移を把握し、仮にマイナス残高となった場合の対策くらいは準備しておくようにしましょう。


② 金融機関の融資制度を活用し、資金繰りを改善する

 災害時の資金需要に対して、金融機関が融資対応を行うケースがあります。たとえば、日本政策金融公庫は、災害を受けた中小企業者の事業の復旧を促進し、被災地域の復興を支援する災害復旧貸付の制度を設けています。


 非常時に使える融資制度や内容、相談先、必要書類などを平時から整理しておくことが望ましいでしょう。



 経理部門のBCPは、「厚い計画」よりも「端的で要点を絞った計画」が価値を持ちます。また、BCPに正解はなく、自社の事業内容や経理体制に合わせたカスタマイズが重要です。最初から完璧を目指さず、小さく始めて改善を繰り返すことで、機能する計画に近づけていけばよいのです。そのためには、1日でも早く策定を開始することが理想です。



◎協力/日本実業出版社

日本実業出版社のウェブサイトはこちらhttps://www.njg.co.jp/



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