Netpress 第2492号 『静かな退職』を防ぐ処方箋 明確な評価基準と コミュニケーションの再構築
1.「静かな退職」を生む原因は、「曖昧な評価基準」と「メリハリのない処遇」にあります。
2.職務記述書と定期的なコミュニケーションが、「見られている感」と承認を生み出します。
3.人事評価制度の再設計と評価者研修が、静かな退職を防ぐ「根本施策」となります。
1.ホワイト企業の昇給・賞与がなぜモチベーションにつながらないのか
20代の若者の間で広がっているといわれていた「静かな退職」が、30代にも広がっています。それも、働きやすい環境を整えた有名企業においてこそ、「仕事への熱意や積極性を意思ない、必要最小限の業務しか行わない」無気力な働き方の人たちを増やしています。
もともと無気力な働き方は、50代以上などの自身のキャリアアップや昇給、賞与増などの見込みが少なくなった人たちに蔓延していたものでした。
「この会社でこれ以上がんばっても給料は上がらないだろう」
「自分の能力が伸びるような仕事は回ってこない」
そんな考えが社員のなかに生じると、やがて「最低限のことだけやればいい」という意識に落ち着いてしまいます。
それが、やりがいをもって働けるはずの20代や30代にも広がってしまっています。
ホワイトな会社においてそのような現象が起きている理由は、「認められている実感」の欠如に他なりません。その典型が、評価のメリハリの欠如です。
実際問題、大手のホワイトな会社では、20代や30代の若い世代に対して、成果よりもプロセスを重視した安定的な評価を実施します。評価のメリハリをつけて競争意識をあおるのではなく、一律での昇給の仕組みを優先した設計、運用を好むことが多いのです。
競争よりもチームワークを促し、会社に対するエンゲージメントを高めることを目的とした人事の仕組みは、確かに多くの世代のモチベーションを高めます。大手ホワイト企業に就職したことの安心感と自負心とあわせて、高い効果を発揮する……はずでした。
しかし数年働いている中で「周りに迷惑をかけている同期も同じように昇給している」とか「すごく成果を出した人の賞与も自分と変わらない」ようなことが起きるとどうでしょう。安定を目指したはずの仕組みが、やってもやらなくても同じ、という状態を生んでしまうことになります。そして50代の出世をあきらめた人と同じモチベーションの低下が、若い世代にも広がってしまうのです。
ホワイト企業だからこそ起きてしまう「静かな退職」の本質的理由は、優秀な人材を採用できている、と自負しているからこそ、目に見える報酬差をつけないメンバーシップ型雇用の弊害かもしれません。
2.罰則ではなく明確な評価と処遇反映を
こうして生まれる「あきらめ」に対して、罰則を与えるという考え方もあるかもしれませんが、それは今の時代にそぐわない対応です。
今求められているのは、評価の基準を明確化し、処遇にメリハリをつけて反映することです。善い行いをし、結果を出せば報われる、という当たり前の因果関係を社員に示す必要があるのです。
そのための基準は、「成果」「行動」「能力」という3つの観点です。
①成果基準
たとえば営業職の場合、「四半期ごとの売上達成率」や「獲得新規顧客数」、事務職であれば「業務処理の件数」や「業務の正確性」などを具体的な数値で示すことができます。どうしても数字で評価できない業務のかたであったとしても、ここまでやれば成果とみなす、という状態条件を設定するなどして、成果を測ることは可能です。
ただ、成果だけを見ると、どうしても短期的な視点が強調されてしまうので、行動や能力の評価も検討しましょう。
②行動基準
行動基準は短期的な成果実現のための日々の行動を具体化し、自律的な行動を生み出すための指標です。たとえば、「月間の顧客訪問回数が20回以上」「週次報告書の期限内提出率100%」「提案活動を毎月3件以上行う」などです。この指標によって、社員は日々の業務のなかでどのような行動が評価されるかを明確に理解でき、自分の意思で何をすべきかを判断し、行動する動機づけが実現します。
③能力基準
成果基準と行動基準に加えて、能力を測る基準まで設定すれば、自己研鑽を促すことができます。それは個人の成長実感を高めるチャンスを増やすとともに、組織の中長期的な成長を実現しつづける仕組み化にもなります。
ただし能力基準は年功的な評価を促しやすい点も注意しましょう。過去の功労者を高く処遇しがちなので、あらためて日々の職務に求められる能力基準を、常にブラッシュアップし続けることが必要です。
3.上司からの日々のコミュニケーションを高める制度運用と評価者教育
さらに、上司や人事部とのコミュニケーションを定期的に促進することも重要です。「自分は見られている」という実感は社員の承認欲求を満たし、自己効力感を高めます。
しかし、ここに注意が必要です。上司がただ見ているだけではなく、適切なフィードバックや支援を提供できるかが肝心です。ここで上司のコミュニケーション能力が問われますが、そもそもその土台となるのは部下から上司への信頼感です。
部下が上司に対して「この人に相談すれば適切なアドバイスがもらえる」と思える環境を作るためには、まず上司側が評価制度を熟知し、一人一人の部下の状況に応じたフィードバックを行い続けなければいけません。そうすることで、評価基準が一人一人に浸透し、公正で一貫性のある評価として定着するのです。
そのために必要なことは、成果や行動、能力を評価する基準を明確にすることに加え、運用体制の整備です。特に、評価者となる上司への教育の徹底が最も効果的です。
評価者研修においては、制度の理解促進に加え、心理学を踏まえた部下のモチベーションコントロールの理解を高めてゆきます。さらに「この人に評価されるなら納得できる」という関係性構築のための日々のコミュニケーションスキルについても学んでもらいましょう。うまく機能している会社の人事制度は、徹底した評価者研修が背景にあるのです。評価者研修を徹底することで、部下の意欲向上や離職防止に効果があった事例も数多く存在します。
「静かな退職」を防ぐ鍵は、社員が自分の存在意義を実感しやすい仕組みを作ることに尽きます。明確で具体的な基準の設定とそれを支える仕組み化、さらには評価者のスキルアップ。この地道な取り組みこそが、社員一人ひとりの潜在的な意欲を引き出し、活気ある組織を作るための最も現実的で効果的な手法なのです。
◎協力/日本実業出版社
日本実業出版社のウェブサイトはこちらhttps://www.njg.co.jp/
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