【越境ワーク②】越境ワークの運用 その1

前回 は越境ワークの基礎として、越境ワークとはどのようなものか、検討する際の留意点を取り上げました。今回と次回では労務管理、社会保険・労働保険についてお伝えします。


1. 越境ワーク中の給与

 越境ワーカーは海外で就労していても日本の法人と雇用契約を結んだ日本法人の従業員です。日本の法令が適用されるので、給与については労働基準法第24条の五原則(①通貨払い②直接払い③全額払い④毎月1回以上⑤一定期日払い)にしたがって支給することとなります。

 この五原則のうち、①の通貨払いの原則において越境ワーカーにとっての通貨は何かという疑問が生じると思います。結論から申し上げると、次のとおり法令では日本円が通貨と解され、越境ワーカーに対する給与は日本円で支給することとなります。


通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律 第二条
1 通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする。
2 (省略)
3 第一項に規定する通貨とは、貨幣及び日本銀行法第四十六条第一項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。


 ただし、越境ワーカーは日常生活では渡航先の現地通貨を使用するので、日本で支払われた給与を渡航先に送金する必要があります。越境ワーク中は、送金手数料負担をカバーする手数料相当額の手当を付加するような配慮を検討してもよいでしょう。


2. 給与制度

 越境ワーカーも海外赴任者と同様に生活の本拠が海外に移りますが、海外赴任者と同等の給与制度とする必要性は低いと考えます。一般的な海外赴任者は会社が異動を命じ、従業員は現地法人の指揮命令下で仕事をするものであることに対して、越境ワーカーは配偶者の海外赴任を契機とするものなど、当事者側の理由によることが多いと考えられ、指揮命令系統も日本勤務時と変わりません。そうした背景を踏まえると赴任者と同等の給与制度にする理由は希薄と言えます。


 ただし、越境ワークにおいては日本勤務時のように会社が年末調整することはなく、越境ワーカーが現地の税制にしたがって確定申告し、所得税を納付する必要があります。しかしながら、越境ワーカーが独力で税務申告をするのは、現地の税制に対する知識、言葉の問題などを考えると現実的ではありません。税務申告に対する会社のサポートの必要性は高いと言えます。


3. 労働時間

 越境ワークは日本とは時差のある就労となりますが、時差のある場合の労働時間管理について行政が示した解釈はありません。したがって、時差1時間程度であれば日本の始終業時刻に合わせるとすることも可能です。他方、1時間の時差であれば、日本と全く同じ始終業時刻とする必要性も乏しく、また、より時差があるケースを想定すると現地時間に沿って就業規則で定められた所定の始終業時刻とする方が汎用性は高いと言えます。なお、日本の始終業時刻に合わせた労働時間管理とする場合でも、深夜労働については以下の法令の解釈を踏まえると現地時間に基づいて深夜労働とすることが適切です。


労働基準法 第三十七条(抜粋)
④ 使用者が、午後十時から午前五時までの間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

同条コンメンタール(抜粋)
いわゆる時間外労働と休日労働に対する割増賃金は、法定労働時間制又は週休制の原則を確保するための一つの支柱であり、また長時間の労働に対する労働者への補償でもあるが、深夜の割増賃金は、労働時間の位置が深夜という時刻にあることに基づき、その労働の強度等に対する労働者への補償として、その支払が要求されているのである。


4. 休日の設定

 もうひとつの労働時間管理は休日の設定です。特に祝日は日本と渡航先で異なるためいくつかの対応が考えられますが、以下の案3がバランスの取れた設定と言えます。


案1 日本の祝日等に合わせる

 ○:自社としては合理的

 ×:休日が現地の暦と異なることが多いと越境ワーカーが抵抗を感じる。


案2 日本の祝日の他、現地の祝日等も休みとする

 ○:越境ワーカー寄りの施策

 ×:現地の祝日等を休日と扱うと所定労働日数が少なくなり、時間当たりの賃金、ひいては時間外労働手当額が増える。


案3 就労日数を日本と同じとする(日本の祝日を就労日に、渡航先の祝日を休日に振り替える等する)

 ○:所定労働日数が変わらなければ時間当たり賃金の問題は生じない

 ×:越境ワーカーごとに休日の振替を行う対応が必要となる。


今回のテーマである給与、労働時間ともに日本の法令や就業規則に沿う扱いとすることが原則となることをご理解いただけたと思います。そのうえで就労する場所が日本でないことによる影響や制約を踏まえて一定の配慮を行うことが越境ワークの労務管理の特徴と言えます。最終回となる次回では越境ワークにおける労働保険、社会保険を取り上げます。


多田国際社会保険労務士法人では、海外赴任に関する、規程作成や給与制度構築、日常のご相談などのサポートをしています。ぜひお気軽にご相談ください。



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