コンプライアンス研修を再考する

2024年は、「検査偽装」「資格の不正取得」「裏金づくり」など、大手企業におけるコンプライアンス上の問題が相次ぎました。これらの企業でもコンプライアンス研修は実施されていたはずであり、特に「検査偽装」については自動車業界をはじめ、さまざまな業界で多発していたことから、「自社は大丈夫なのか」といった注意喚起や社内調査が行われていたに違いありません。にもかかわらず、多くの社員が関与するコンプライアンス上の問題が発生し、あるいは長年にわたり放置されてきたのです。



1.コンプライアンス研修の目的はリスクの低減

 コンプライアンス研修の目的は、コンプライアンス上の「リスクを低減する」ことです。それでは、コンプライアンス研修を「リスクの低減」につなげるには、どのような内容にすればよいのでしょうか?

 今回は、事例を交えながら、「リスクの低減」につながるコンプライアンス研修について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。


2.効果的なコンプライアンス研修の手法

RCSA(リスク・コントロール・アセスメント)を活用する

 自社におけるコンプライアンス上のリスクを特定(識別)した資料を活用し、自社のコンプライアンスに関する特性を把握したうえで研修を企画する方法があります。

 会社法では、「大会社」と「取締役会設置会社」の両方に該当する企業に対し、業務の適正を確保するための内部統制体制の整備を義務付けています。この内部統制の一環として、「法令や定款に沿って業務を適正に行うためのコンプライアンス体制の整備」が求められています。

 こうした企業では、「RCSA(リスク・コントロール・セルフ・アセスメント)」を実施していることが少なくありません。このRCSAの結果を分析することで、自社のコンプライアンスに関するリスクの特性を把握することができます。RCSAを実施していない企業でも、管理職向けのコンプライアンス研修として「簡易版RCSA」に取り組むことで、自社のリスクを特定することが可能です。

 この方法の特徴は、単なる注意喚起や意識啓発にとどまらず、具体的な対策を含んでいる点にあります。また、「RCSA」という管理職が身につけるべきリスクマネジメントの手法を活用することで、コンプライアンスへの継続的な関心を喚起する効果も期待できます。


社内アンケート等を活用する

 社内のコンプライアンス意識や組織風土を把握するため、社内アンケートやヒアリング調査を実施し、その結果を研修に活用する方法です。方法1のRCSAが「業務」にフォーカスするのに対し、これは「社員の意識」にフォーカスする点が異なります。

 調査結果を他社や業界のデータと比較する、あるいは過去の社内調査と比較することで、「自社の良い点」「改善が必要な点」を明確にし、社員一人ひとりがコンプライアンス意識を高めるために何を意識すべきかを具体化します。


他社のコンプライアンス問題事例を活用する

 もう一つの方法は、他社で発生したコンプライアンス上の問題を取り上げ、自社で同様の問題が発生することがないかを検証するものです。

 大手企業でコンプライアンス上の問題が発生すると、多くの場合「調査報告書」が広く公開されます。この報告書をもとに研修を組み立てます。具体的には、次の流れで進めます。


  1. 問題の概要を解説する
    • 調査報告書の内容をもとに、問題の経緯や背景を整理し、参加者に説明します。
  2. 問題の発生原因を検討する
    • 調査報告書の情報をもとに「なぜこのような問題が発生したのか」を参加者全員で議論します。
    • 調査委員会が収集したヒアリング結果などを紹介し、発生原因についてさらに掘り下げて議論します。
  3. 自社への影響を考察する
    • 同様の問題が自社で発生する可能性を検討し、発生の防止・低減・回避のために取り組むべき事項を考えます。


 この方法の特徴は、実際に話題になっている事例を扱うため、社員の関心を引きやすい点です。特に、社会から強い批判を受け、会社存続の危機に直面したケースなどを取り上げることで、「もし同じ問題が自社で発生したら、自分たちにどのような影響があるのか」ということもイメージしやすくなります。


図表1.実際にあった事案の報告書をもとにしたグループワーク


資料:A工業における不正に関する特別調査委員会の中間調査報告書【公表版】より抜粋

ケーススタディを活用する

 コンプライアンスの問題には、簡単に答えを出すことが困難なケースが多く存在します。そうした状況を疑似体験させることで、社員の意識を揺さぶる手法があります。

 実際の例として、「内部告発すべきか否か」というケースをご紹介します。

 これは、1990年代後半に発生した薬害エイズ問題をモデルにした内容であり(図表2)、正論としては「内部告発すべき」なのですが、実際の研修では、多くの受講者が、「黙認するか」「関連省庁に告発し、結果的に会社を倒産に追い込むか」という二択の間で苦悩します。

 「もし自分が当事者だったら、どのように行動するべきか?」と深く考えることを通して、こうした深刻な状況に陥らないためには、日常的にコンプライアンスを意識し、適切に対応することが重要であるという気づきを促します。


図表2.内部告発をテーマとしたケーススタディ


資料:筆者作成


3.効果的なコンプライアンス研修のために

 これまでにご紹介した様々なコンプライアンス研修の事例をもとに、効果的な研修を実現するために必要な要素を整理すると以下の3つとなります。


コンプライアンスを「自分ごと化」する

 「自分ごと化」することにより、誰でも不正を行う可能性があることを認識し、自らの業務と結びつけて考えさせる。


参加者がともに考える機会を設ける

 グループ討議を通じて、同じテーマについて自分の意見を他者に整理して説明する一方で、他者の意見を聞くことにより、気づきを得る機会を提供する。


振り返りと今後の行動を考える

 自社のコンプライアンス状況を振り返り、今後どのように行動するかを具体的に考える機会を提供する。


 今回ご紹介しましたコンプライアンス研修の方法はほんの一例です。これらを参考に上記の3点に留意して「リスク低減」につながる研修に取り組んでください。



 多田国際コンサルティング株式会社では、今回ご紹介しましたコンプライアンス研修や管理職を対象とした労務管理研修等を実施しております。お気軽にご相談ください。


※本稿は、多田国際コンサルティング株式会社の同名コラムの要約版です。本編は、以下のサイトでご覧いただけます。

https://tdc.tk-sr.jp/category_hr/column/


プロフィール

多田国際コンサルティング株式会社 フェロー 佐伯克志

私たち多田国際コンサルティンググループは、多田国際コンサルティング株式会社と多田国際社会保険労務士法人で構成しております。

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