反怖謙一の「ABC」通信 変えるべきもの

三井住友銀行 人事部研修所 顧問、反怖謙一氏の連載コラムです。「ABC」は、「あたりまえのことを」「ぼんやりせずに」「ちゃんとやる」の略で、日々の気づきや学びを基に、反怖氏が物事の根本や本質について書き綴った文章を毎月お届けします。



「反怖道場」と称する、志願者を募った課外における懇談会での話です。コロナ禍でのリモート開催でしたが、私にとって衝撃的な質問が投げかけられました。


「どんな時代になっても本質的・根本的に変わらないものがあるというのはわかりますが、コロナ禍で世の中が大きく変化しつつあるいま、本質的・根本的に変わっていくであろうものとは、どんなものですか?」。


私は、不易流行の格言どおり、本質的・根本的に変わらないものについては、知的好奇心を稼働させて学んできました。でも“変わるもの”については深く考えたことがなく、そうした視点をもっていなかったこと自体に衝撃を受け、質問者には正直に「いま答えをもっていない」旨をお伝えしました。それと同時に、三井住友銀行が導入している社内版SNS(いわば、業務時間中の雑談の場)を例に、変わるもののイメージについてお話しした次第です。


働くとは、そもそも何かを生産することであると同時に、人とのつながりの手がかりやきっかけを得ることです。人は不安や恐怖を克服して安心を得る生き物ですから、働くこと、仕事をすることは、社会や人とのつながりを得て、自分の居場所を確認・確信する行為でもあります。そうすることで、心の奥底で常に渇望する安心・安堵・安定を獲得し、精神的安定、ひいては幸福感が得られる仕組みとなっているのです。


しかしながらリモート環境下では、生身の接触で五感を通じた人との関わりは薄く、テレビ会議も視覚・聴覚だけに頼った仕事内容のみの交流です。これでは心はすさみ、疎外感や孤立感、不安感で、モチベーションも士気も自然と落ちてくるのが道理です。


そこで、本来は組織管理側としては業務時間中に無駄話や油売りはご法度(はっと)というところを、コロナ禍ゆえに組織が自らこれまでの常識を大転換し、社内版SNSを場とする業務時間中の雑談、私的な交流を認め、むしろ推奨したのがこの施策なのです。なるほど、組織側の観点としては、これからの時代、本質的・根本的なものであっても、変えたほうがいいものはたくさんあるのかもしれません。


こんなことを考えていて、ふと突飛にも、「奇跡の作戦」と呼ばれる、戦時中のキスカ島撤退作戦時のエピソードが思い浮かびました。1942(昭和17)年6月上旬、日本軍は当時米国領であったアリューシャン列島のキスカ島、カムチャツカ半島寄りのアッツ島を占領しました。国土を奪われた米軍は、準備を整え、翌年5月にアッツ島を攻撃し、日本軍の守備隊は全滅しました。


当時キスカ島には、陸・海軍合わせて5,000名を超える守備隊が駐屯していましたが、日本軍はキスカ島からの撤退を決定、紆余曲折の末、最終的には米軍の失策にも助けられ、全員無事の撤退作戦が成功しました。


この際、撤退作戦指揮官の木村昌福(まさとみ)少将は、緊迫状況下での撤退収容作業時間は1時間以内と判断、邪魔になる携帯武器の放棄を陸軍に要請しました。恐れ多くも天皇陛下下賜(し)の武器を捨てろという常識破りとも言える要請でしたが、それを最終的に陸軍は受け入れました。


事と次第によっては、組織管理者側が自ら変えるべき本質的・根本的なものがあるのでしょう。私にとって、今後の重要課題です。



◎イラスト/遠藤宏之
◎「SMBCマネジメント+」2021年7月号掲載記事

プロフィール

三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一

(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。

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