現場の管理監督者を救うメンタルヘルス教育研修とは
1.メンタルヘルス対策に欠かせない管理監督者教育
メンタルヘルス対策の4つのケア(セルフケア、ラインケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア)の中でも、日常的に部下の状況を把握できる管理監督者によるラインケアはとても重要です。なぜなら、普段の業務で部下に指揮命令を行うだけでなく、メンタルヘルス対策においては、部下の健康を守る義務=安全配慮義務も課せられているからです。管理監督者の部下に対する態度や姿勢が職場環境に大きな影響を与えていることは、皆さんも承知していることでしょう。
メンタルヘルス対策における管理監督者への教育研修の目的は、ラインケアの推進です。具体的には、職場でメンタルヘルス対策を行う意義や管理監督者の役割を理解してもらい、職場環境の改善や部下からの相談対応、職場復帰の支援、事業場内産業保健スタッフとの連携などを適切に実施することができるよう支援することです。管理監督者への教育研修や情報提供において学ぶべき内容は以下の11項目*1です。
2.管理監督者への教育研修は現場に合った実施方法がカギ
管理監督者教育が重要であることは分かっていても、現場の管理監督者の本音はどうでしょうか? 「日々の業務で忙しいから研修の時間など取れない」「リモートワークも増え、マネジメントが大変」「自分には必要ない、役に立たない」このような声が聞こえてくるのではないでしょうか。一方で、人事担当者の本音は「最低限何を研修したらよいのか」「短時間で効果的な研修をどうやって企画すればよいのか」といった気持ちではないでしょうか。また、業務負荷の高い管理監督者自身のメンタルヘルス問題も気になるところです。現場と企画を担当する人事担当者とのミスマッチが起こらない理想的なラインケア研修とは、現場の管理監督者が興味を持つように実施し、いざというときに管理監督者が実践できる研修であることです。そのためには、組織で起こっている問題についての現状を人事担当者が把握し、管理監督者と課題を共有することが必要です。
現状を把握するためには、社内で実施している様々なサーベイを活用することができます。例えば、ストレスチェックは個人結果だけでなく、職種や部署など集団ごとのストレス状態を明らかにする集団分析が可能です。分析結果の「仕事のストレス判定図」では、仕事の量と質のどちらがストレス要因になっているのか、職場の支援では上司と同僚のどちらの支援が不足しているのかを把握することができます。この二つからだけでも、仕事のやり方を見直した方がよいのか、それとも職場内のコミュニケーションを見直した方がよいのかの優先度が分かります。
職場でメンタルヘルス不調者が出た場合、その原因を不調者自身や管理監督者の個人の性格や能力の問題だと捉えがちです。しかし、実際には、個人が十分に能力を発揮できない職場環境に問題があることが少なくありません。ストレスチェックの集団分析を活用した研修は、メンタルヘルスの問題が発生したとき、特定の個人の問題として扱うのではなく、職場環境の課題に取り組んでもらうことができる点でも有効です。グループワークなどを通じて、管理監督者自身が職場の問題や課題を洗い出し、具体的な解決策を考えることで自分ごととして捉えてもらうことができれば、職場で実践してもらえる可能性が高くなります。
3.効果的な教育研修のポイント
管理監督者への教育研修の目的は、メンタルヘルスに関する知識を得てもらうことだけではありません。日頃のマネジメントでは、組織内で相談し易い環境を作り、配慮した部下対応ができるようになること、必要に応じて人事や産業医と連携するなどの行動変容を促すことが目的です。そのためには講師が一方的に情報を提供する講義型の研修より、上記で紹介したようなグループワークを含め、受講者同士の対話が広がる参加型の研修がとても効果的です*2。実際にグループワークでの会話を聞くと、部下のメンタルヘルスの問題に試行錯誤しながらも、何とか職場で協力しながら取り組もうとしている管理監督者も少なくありません。同じ立場同士で話を共有することで「悩んでいるのは自分だけではない」「もしかしたら自分にもできるかもしれない」といった気持ちが醸成され、管理監督者自身の自己効力感の高まりにもつながります。
教育研修は一度だけでなく、複数回繰り返して実施することが推奨されており*3、実施したあとのフォローアップも重要です。やりっ放しにせず、研修の中で計画した課題に取り組めているかどうかメールでフォローアップしたり、実際に取り組んでみた実践例を社内で共有したりする機会も計画してみましょう。こうした積み重ねがないと、十分な効果が発揮されないことが調査研究でも報告されています。
◎参考文献
*1)厚生労働省 労働者の心の健康の保持増進のための指針
*2)川上憲人, 基礎からはじめる職場のメンタルヘルス 事例で学ぶ考え方と実践ポイント 大修館書店,2021
*3)吉川徹,吉川悦子,土屋政雄,小林由佳,島津明人,堤明純,川上憲人, 科学的根拠に基づいた職場のメンタルヘルスの第一次予防のガイドライン 職場のメンタルヘルスのための職場環境改善の評価と改善に関するガイドライン,2013
プロフィール
多田国際コンサルティング株式会社 講師兼カウンセラー 北川佳寿美
私たち多田国際コンサルティンググループは、多田国際コンサルティング株式会社と多田国際社会保険労務士法人で構成しております。
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