Netpress 第2421号 海外駐在税理士の生の声 中小企業にとっての海外進出の実情

Point
1.海外進出を躊躇している中小企業がある一方で、「成長市場×小売・飲食・サービス業」「人材不足×製造業」という図式で海外進出を成功させているケースも少なくありません。
2.ここでは、海外進出の現状とその後の課題・対策(不正防止、相続・事業承継、撤退)について見ていきます。


税理士法人山田&パートナーズ
税理士・公認不正検査士
遠藤 元基


 近年は劇的な円安により日本回帰の話題も上がりますが、国内を見てみると、人口減や経済の低迷、原材料高騰、過当競争、採用難など、進むも引くも課題が山積です。

 そのような状況のなか、特に中小企業の場合には、言語や投資資金を懸念して、海外進出を躊躇していることが多いのも事実です。しかし、一部の中小企業は海外進出を成功させています。

 本稿では、実際に私が現地駐在で見てきた中小企業の海外進出の実情を解説します。

1.小売・飲食・サービス業の海外進出

(1) アメリカの場合

 小売・飲食・サービス業は、現地の経済環境が大きく影響します。私は現在、アメリカのカリフォルニア州で駐在していますが、企業が特に気にされているのは現地の物価と賃金です。

 たとえば、カリフォルニア州の最低賃金は2025年からは16.5USDですが、物価も日本の2~3倍のため、利益が出せる売価が設定可能です。そのため、円安にもかかわらず進出の相談が多く寄せられています。

 アメリカは直近20年で人口が約17%増加しています。日本は15歳から64歳の生産年齢人口が直近20年で約20%減少しています。これらの背景からも、多くの企業がアメリカ進出を模索するのも至極当然といえます。

 ただし、送り出す人材が中小企業にとってのネックです。アメリカでは現地に後継者等を直接送り込むケースが多いのも特徴で、現地で直接陣頭指揮ができるほか、次々世代のご子息の現地英語教育も副次的な目的です。アメリカ全土で40万人もの日本人が住んでおり、特にハワイやカリフォルニアにはとても多いですが、現地に派遣される方が英語に不慣れでも、現地在住日本人や日系人を雇用して英語対応力を補えます。


(2) アジアの場合

 アメリカの前はタイに駐在していました。タイに駐在して驚いたことは、高層ビルや大型ショッピングモール、発達した電車網などのバンコクの現在の姿です。

 経済もとても豊かで、域内GDPは名古屋市を上回っています。自動車製造が有名ですが、観光産業にも力を入れており、観光収入は、アメリカ、スペイン、フランスに次ぐ世界第4位と、7位の日本の約1.5倍の規模です。また、バンコクのホワイトカラーの給与水準はすでに日本の給与水準に近く、現地のタイ人も十分に購買力があり、ブランド品の小売店や高級な飲食店でも現地のタイ人を多く見かけます。


 注意点は言語と外資規制です。都市部では英語で生活やビジネスができますが、税務手続や行政対応ではタイ語が一定程度求められます。外国人雇用規制で、外国人駐在員1人あたりタイ人4人の雇用が義務付けられているので、日系企業はその枠でタイ人日本語話者を雇用して、タイ語対応を補っています。ただし、小売・飲食・サービス業の外資規制は大きな課題で、外国資本は50%以下に制限を受けるため、資本構成対策や見直しの相談は多いです。

 ベトナムでは、小売業と飲食業は、外国資本100%の設立が可能で、サービス業は一部を除き外国資本100%の設立が可能です。外資企業の小売店は2店舗目以降の出店に参入障壁がありますが、日本を含むTPP加盟国、EU、英国とは2026年までに順次撤廃予定で、日本を含む外国資本の国内展開により経済の活性化が期待されています。

 ほかにも、シンガポール、マレーシア、インドネシアの都市部の経済発展は著しく、検討余地があります。ただし、たとえば、イスラム教エリアでの現地消費者をターゲットにする飲食業の出店には、ハラール対応に注意が必要です。


 アジアの中心的な都市では日本と同等の購買力がありますが、地方まで開発が行き届いているとはいえません。そのため、進出地域の選定はとても重要です。また、日本にはない制度や規制も多く、進出の検討の際には、事前に外資規制などの各種制度調査を行っておくとスムーズでしょう。


2.製造業の海外進出

 タイやベトナムでは、製造業は日本法人による100%資本の設立が可能です。タイの前の駐在はベトナムでしたが、ベトナムでは製造業の進出相談が特に多かったです。日本との距離の近さ、賃金や物価、日本でのベトナム人実習生の雇用経験などが背景にありました。現経営者が早期リタイヤし、長年共に働いた従業員や元実習生と現地法人の陣頭指揮をとり、日本側は後継者に任せ、事業承継と海外進出を同時に実行するという相談もありました。ベトナムでは現地調達に課題があり、シンプルな製造工程や人海戦術の工程が向いています。規模次第ではレンタル工場の利用により予算を抑えることができます。ほかにシステムエンジニアや設計の部門の移管の相談も多く、理由はベトナムではこれらの事業種でも100%外国資本が認められるためです。

 アジアは法人税が20%前後の国が多く、さらに法人税減免措置・フリーゾーン・経済特区などのさまざまな誘致策により、製造部門の一部移管には多くの税務メリットがあります。

 なお、アメリカにも製造業進出の優遇措置はありますが、そのほとんどは各州独自のもので、個別審査とされていることが多いです。そのため、進出したい州を絞って個別の調査が必要となります。


 製造業の海外進出に際しては、輸送コストの増加、関税、優遇税制の把握、現地雇用、現地調達、品質管理などのさまざまな検討課題がありますので、時間に余裕をもった計画が求められます。


3.進出のその後

 海外進出では、不正防止の対策が求められます。言語の課題もあり、不正が起きても発見しにくいことが課題です。内部の不正だけでなく、アジアでは賄賂の要求も課題です。行政官に賄賂を渡してしまうと、日本国外であっても日本の外国公務員贈賄罪の適用を受けてしまいます。現地では常識だと現地スタッフから相談があっても鵜吞みにせず、弁護士事務所への相談や日ごろからのスタッフ教育も重要です。

 また、外資規制がある地域や国では、名義借りの問題もよく聞きます。信頼していた現地国籍の知人に名前を借りていたら裏切られた、その相続人に財産を主張されたなどの相談も多くありました。外資規制対策は慎重な検討が必要です。他にもオーナー個人が海外法人株式を直接保有する場合は、相続や事業承継の際に時間や手続き、対策の組みにくさなどの困難がつきまといます。個人保有はできれば避けたほうがよいでしょう。すでに海外法人を個人で保有されている方は、見直しをお勧めします。


 なお、残念ながら海外撤退となる場合、通常、債務超過では解散が困難です。特に繰越欠損金が期限切れで減少していると、追加での納税や増資が必要になってくることがあります。そのため、進出に際しては、あらかじめ撤退コストを把握しておくことと、撤退ラインを決めておくことがとても重要です。


◎協力/日本実業出版社
日本実業出版社のウェブサイトはこちら 
https://www.njg.co.jp/



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