Netpress 第2419号 客観的なレビューが必須 労務費ガイドラインと 調達取引の価格交渉

Point
1.政府はコスト上昇分の価格転嫁を強力に推進しており、公正取引委員会もその一環として独占禁止法、下請法の執行を強化しています。
2.労務費ガイドラインはそのあらわれのひとつですが、発注者に対する厳しい要求も含まれています。
3.そのような労務費ガイドラインへの対処にあたって鍵となるのは、「原則に則った骨太の視点」と「フェアネスのマインド」です。


島田法律事務所
弁護士 雨宮 慶


1.はじめに

 近時の物価上昇に伴い、コスト上昇分の価格転嫁(以下、「価格転嫁」といいます)と賃上げの必要性が叫ばれ、政府もこれを強力に推進しています。

 その一環として、公正取引委員会(公取委)においても、価格転嫁に関する独占禁止法や下請法の執行を強化しています。

 特に、内閣官房と連名で公表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(労務費ガイドライン)は、企業に大きなインパクトを与えました。

 そこで、価格転嫁に関する近時の公取委の動向を紹介し、主に発注者(調達側)の視点から、労務費ガイドラインをふまえた調達取引の価格交渉の留意点を検討します。



2.価格転嫁をめぐる近時の動向

 近時、公取委が価格転嫁に関して行っている活動には、以下のようなものがあります。


  • 「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(転嫁パッケージ)(公取委を含む複数の省庁の連名)
  • 下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(下請法ガイドライン)の改正
  • 労務費ガイドライン(内閣官房と連名)
  • 優越的地位の濫用に関する各種報告書


3.労務費ガイドラインの概要

 労務費ガイドラインは、前述した正式名称のとおり、労務費の上昇分の価格転嫁について、発注者、受注者に求める行動を列挙するものです。

 労務費ガイドラインでは、価格交渉に関して発注者や受注者に求められる12の行動とともに、模範となる実例を記載しています。

 12の行動のうち、6つは発注者に、4つは受注者に、2つは双方に求められる行動ですが、発注者に求められる行動の中には、たとえば以下のようなものが含まれており、文言上かなり厳しい要求が並んでいます。


  • 受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること
  • 労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること

(出所:公取委 労務費ガイドライン)

4. 労務費ガイドラインをふまえた価格交渉の留意点

 長期間個人の購買力が上がらない中で、企業は必死にコスト削減や価格維持に努めてきたにもかかわらず、競争当局からもっと金を払え、商品は値上げせよと言われることに困惑の声も聴かれます。

 一方、これまでの価格競争が、受注者からの不当な搾取や、不十分な執行の間隙を縫った違法行為によるものであれば、それが許されないこともまた当然です。

 そのようなジレンマを抱えつつ細部に介入する労務費ガイドラインに対処する鍵は、「原則に則った骨太の視点」と「フェアネスのマインド」であると考えます。

 それらに基づいて、機械的な処理を行いがちな調達取引について、法務の知識を動員し、経営陣や調達部門ともコミュニケーションをとりながら、優先順位をつけてしなやかに運用することが重要です。


(1)原則に則った骨太の視点

 原則に則った骨太の視点とは、法律の原則を意識したブレない視点のことです。

 まず、下請法は調達取引における「買いたたき」を禁じています(下請法4条1項5号)。独占禁止法の優越的地位の濫用も基本的に同趣旨です。

 下請法ガイドラインの改正も、労務費ガイドラインも、この買いたたきを未然に防止するためのものです。

 ただ、買いたたきの禁止は法律上の義務であるのに対し、両ガイドラインの記載はそうではありません。極論すれば、両ガイドラインに列挙された行動を、まったく実施しなくても、買いたたきがなければ法令違反はないのです。その原則から離れ、ガイドラインを遵守することを目的化してはなりません。


(2)フェアネスのマインド

 フェアネスのマインドについては、「さまざまな場面で客観的に適切な行動をとること」と言い換えることができるかもしれません。

 ある場面では、買いたたきの禁止における「通常支払われる価格」を客観的に判断する相場観であり、他の場面では、発注者も受注者に選ばれるという事実を直視すること、受注者からの交渉要求に対し相手を軽視する無視や報復を行わないこと、交渉においては自らの立場について客観性のある理由を丁寧に説明することなどです。


5. おわりに

 人材不足と価格転嫁により発注者も受注者に選ばれる時代には、調達競争で一人負けするリスクもあります。そのため、調達価格の客観的なレビューは必須です。


◎協力/日本実業出版社
日本実業出版社のウェブサイトはこちら 
https://www.njg.co.jp/



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