Netpress 第2414号 決算書に親しむ/シリーズ① なぜ帳簿、なぜ複式簿記? ~中世起業家の新規事業取組~

Point
1.決算書は現代の会社経営において、自社の分析データとしてのみならず、外部への説明資料としても欠かせないものです。
2.決算書作成のベース技術となる複式簿記は、中世ヨーロッパの片隅に現れた「革新的起業家」が、現代の経営スタイルの「走り」とも言える新規事業に取り組んだ過程での産物なのです。


SMBCコンサルティング株式会社
ソリューション開発部
経営相談グループ
中村 哲也



およそ事業者であれば決算書の作成は必須でしょう。貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)を中核とする決算書は、会社の来し方・現在を認識し、行く末を考え築いていくために不可欠なデータであるとともに、銀行や取引先などの外部に対する説明や税務申告にも必要です。

そんな決算書に親しみ理解を深めることは、会社経営にも有益なはずです。今回から4回のシリーズで、決算書についての話をお届けしていきます。

1.中世ヨーロッパの革新的起業家による新規事業

今回はまず、B/S・P/L作成のベース技術となる複式簿記誕生の経緯を辿っていきます。というのも、それはほとんど、現代のビジネスでの新規事業の創業プロセスになぞらえることができるからです。


時は中世半ばのヨーロッパ。そこは、日本の戦国時代さながらに、大小さまざまの群雄=封建領主が割拠し、腕力で争う世界です。

領主たちの最大の責務(現代のビジネスにたとえれば、本業の目的)は、自領を守り、さらには拡大する戦争に勝つことです。

当時の戦争といえば火器も未発達で、ボタン1プッシュで遠隔爆撃も可能な現代の戦争とは大違いの、弓矢や刀槍による肉弾戦で(事業の手段)、最終的にモノを言うのは兵士の動員力、ひいては自領の人口とそれを養うに足る農業生産力でした(必要資源、主要産業)。

そういった資源に恵まれない、農業に不適な地域、たとえば鬱蒼とした森林が海岸線に迫り、延々とした崖地が海に落ち込んでいるようなところに、将来の飛躍を目論む人材が現われました(革新的起業家)。


彼らは逆転的な発想で、

① 不毛な土地(環境面の脅威:Threat)や、

② 人口の少なさ(弱み:Weak point)といった不利を、

③ 不屈の精神(強み:Strong point)を発揮し、

④ 目の前にある海を活用する(機会:Opportunity)ことで克服する

という4点分析(SWOT分析)に思い至ったのでした。


当時考えられた海での稼業といえば、海外貿易と海賊くらいでしたが、彼らは前者の海外貿易という正道を選びました(新規事業)。

代表的にはジェノヴァやヴェネツィアなどの中世イタリアの海洋都市国家の男たちです。彼らは地中海を航海し、ヨーロッパで仕入れた物産を遠くオリエントまで運んで売り捌き、売上金でオリエントの物産を仕入れてヨーロッパで売る、貿易業で大を為していくのです。


2.新規事業でのリスクと対処

当然、中世の起業家の新規事業にも現代同様リスクは付き物でした。それに対し、彼らは持ち前の不屈の精神を発揮し、長期間多大な犠牲を払いつつ、以下のように対処していきました。


リスク①
暴風雨などの自然の猛威。航海技術も未熟で「板子一枚下は地獄」の世界。
リスク②
未知の遠隔地(オリエント)での、異文化の異教徒(イスラム)相手の商売(イタリア人はキリスト教徒)。手の内の知れた近隣領主との諍いとはまったく異質の、予期せぬ危険が随所に。
【対処】
迷信・旧守の封建的な呪縛から脱し、合理的思考/行動力を醸成して航海技術や交易ノウハウを蓄積。「近代的ビジネスマン精神」の先駆けに。
リスク③
「海の邪道者」であるイスラムの海賊の来襲。宗教的対立感情もありイタリア商船は格好の標的。
【対処】
国も海軍を創設したが、個々の貿易商人たちも自ら自衛のための武装に努め、商船の大型化と船団組成でより効果的に。


3. 現代的経営の萌芽と簿記技術の発達

このような苦難を乗り越えて、中世の起業家たちは現代的経営にも通じる経営スタイルを構築、そのツールとして決算書などの会計書類の重要性が認識され、複式簿記の技術の誕生に至ったのです。


自衛の必要もさることながら、商船や船団の大型化は、事業が軌道に乗るにつれて強まった、事業拡大による規模の経済や範囲の経済の追求の要請に応じるものでもあったのですが、そのためにはケタ違いに多額の資金が必要になりました。

それは従来の、親兄弟やせいぜい親戚止まりの範囲を超えた、広く第三者を含めた大規模な資金調達を意味し、ここにコンメンダとかコレガンツァなどと呼ばれた、現代の株式会社の萌芽と言われる資金調達方法が現れました。


そうなると、資金や事業の管理などの問題が出てきます。当時の農村の、閉鎖的で物々交換に毛が生えた程度の、ちっぽけで単純な流通経済とは訳が違うのです。

事業資金は高額に上り、取扱商品は数量・種類とも大幅に増加、取引関係も複雑になり、長期に及ぶ航海は在庫期間の長期化をもたらした結果、資金や在庫の管理や、仕入れ/販売計画などが必要となってきました。

加えて資金調達先(特に第三者の)に対して、事業の計画を説明し、実績や収支の状況を報告し、調達した資金の返済や利益配当をする必要が生じ、これはもう「計画的事業運営と外部への説明・アピール」という、現代の会社経営にも通じる経営スタイルなのです。そしてそのための重要なツールとして、決算書作成のベース技術となる複式簿記が誕生したのです。それは正に、中世の起業家たちの創意工夫の産物なのでした。


簿記とか帳簿などと言うと、ともすれば無味乾燥な数字の羅列と見られがちですが、このような経緯を辿ってみると、数字の背後には血の通った人間の営みが感じられるのです。



◎協力/日本実業出版社
日本実業出版社のウェブサイトはこちら 
https://www.njg.co.jp/


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