Netpress 第2400号 台風、水害、地震… 災害時、従業員の安全に会社はどこまで責任を負うのか

Point
1.台風等による被害が予想されるとき、会社は従業員の安全に配慮すべき義務を負っています。
2.自然災害等が起きた際に求められる安全配慮義務と会社の責任・対応について解説します。


杜若経営法律事務所
弁護士 岸田 鑑彦


自然災害等が起きた場合、会社の安全配慮義務や賃金の支払いをめぐって従業員との間で労務問題が生じることがあります。こうした労務問題が生じる根底には、自然災害等が起きた場合の安全配慮義務や賃金(休業手当)に関する労使双方の〝認識のズレ〟があるように思います。


会社は、従業員との間で認識にズレがあるかもしれないということを念頭に入れて対応していく必要があります。

1.自然災害等における安全配慮義務

就業中に自然災害等により従業員が負傷(死亡)した場合、それが業務上災害に該当するかという問題と、その負傷等について会社の安全配慮義務違反が問われるかが問題になります。


(1)業務上災害に該当するか

まず、業務上災害に該当するか否かについては、比較的広く認定される可能性があります。


たとえば、「令和6年能登半島地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A」(厚生労働省)では、従業員が仕事中に地震に遭い、怪我をした(死亡した)場合には、通常(仕事以外の私的な行為をしていた場合を除き)、業務災害として労災保険給付を受けることができるとしています。


その理由は、地震によって建物が倒壊する等という「危険な環境下で仕事をしていたと認められる」からです。


なお、従業員が通勤中に被災した場合や、避難所等からの通勤途上で怪我をした場合も、通勤災害として労災保険給付を受けることができるとしています。


(2)安全配慮義務に違反するか

たとえば、従業員(遺族)から、負傷(死亡)は会社の対応の不備が原因であるとの指摘がなされることがあります。この場合、会社の安全配慮義務違反があったかどうかが問題になります。


①業務上災害」と「安全配慮義務」の関係

業務上災害と認定される、すなわち労災からの給付がなされるのは、「会社のせい」であるか「会社のせいではない」かにかかわらず、病気や怪我、死亡の原因が、業務に起因すると国(労基署)が判断した場合です。


ところが、労災からの給付は被災者の損害のすべて(たとえば慰謝料、逸失利益など)を補填するものではありません。そこで、これらの補填しきれなかった損害は誰が負担すべきか?という議論になり、「会社のせい」であれば「会社が負担すべき」となります。


これが、民事上の損害賠償請求であり、安全配慮義務違反のことです。


②安全配慮義務の内容

会社は、従業員に対して安全配慮義務を負っています(労働契約法5条)。そしてこの安全配慮義務には、労働災害や事故の防止を徹底することも含まれます。


もっとも、単に「安全配慮義務違反だ」と主張すれば会社の責任が認められるわけではなく、具体的な安全配慮義務の内容を特定する必要があります。


会社に安全配慮義務違反が問われるのは、次の3つが認められる場合です。


ア  ◯◯すべきだったのに、しなかった(具体的な安全配慮義務違反)
イ  ◯◯すべきことは予想できたはずだったのに、しなかった(予見可能性あり)
ウ  ◯◯していれば結果を回避できたのに、しなかった(結果回避可能性あり)


自然災害等で使用者等の安全配慮義務違反が問われる場合の多くは、予見可能性や結果回避可能性が問題になるケースです。


(3)予見可能性について

自然災害等に関する安全配慮義務違反において、予見可能性は認定されやすい傾向にあります。


サッカー大会中の落雷事故の事案(最判・平成18年3月13日)では、



当時の文献には、運動場にいて雷鳴が聞こえるときには、遠くてもただちに屋内に避難すべきであるとの趣旨の記載が多く存在している

試合の開始直前頃には、上空に黒く固まった暗雲が立ち込め、雷鳴が聞こえ、雲の間で放電が起きるのが目撃されていた

雷鳴が大きな音ではなかったとしても、教諭としては、落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であった


として、予見すべき注意義務を怠ったと判断されています。


このように、自然災害等については、さまざまな情報やその当時の知見をもとに予見できたかどうかを判断するため、当時、会社として予想ができなかったとしても、予見可能性が認定される可能性があります。


自然災害等が予想される場合には、安全策で対応するほうが望ましいといえます。


(4)事前準備と安全配慮義務・結果回避可能性

会社の安全配慮義務については、あらかじめ自然災害等が起きた場合を想定した対応方法を決めていなかったり、マニュアル等に不備があったりした場合にも責任を問われる可能性があります。


また、事前のマニュアル等の作成を怠ったことと、自然災害による結果(死亡等)との因果関係についても争点になる可能性があります。結果を回避することができたと認められれば、安全確保義務の懈怠と結果との間に因果関係があると判断されることになります。

2.事前準備と対策の重要性

自然災害等によって従業員が業務中に災害に巻き込まれた場合、会社には、そのときの状況を適切に把握して対応することが求められます。また、あらかじめそのような災害を想定した準備(マニュアルの作成等)をすることも、場合によっては会社の義務として求められます。


通勤についても、自然災害等が具体的に予想され、そのような状況で無理に出社を求めたり、早期の帰宅を命じなかったために災害に巻き込まれたりしたような場合には、企業の安全配慮義務違反が問われるケースも出てくるでしょう(最終的には会社の責任が認められなくても、紛争に巻き込まれることがあり得ます)。



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