Netpress 第2396号 倒産件数は増加傾向 中小企業のための実効的な与信管理のあり方
1.与信管理の目的は、取引先から製品・商品の代金を回収できず、自社の経営ひいては存続に危険が生じることを未然に防止することにあります。
2.与信管理の第一歩は、与信についての基準を策定し、その基準に従って個社別に与信限度額を定めることです。
3.与信基準、個社別の与信限度額は全社的に共有されてこそ、実効的な与信管理をすることができます。
弁護士 藤瀨 裕司
1.与信管理の重要性
企業は、材料を仕入れて製品を作り、または商品を仕入れて、製品・商品を販売して売り上げ、その代金の中から、仕入代金や賃金などを支払い、その残りが利益となります。現金決済、つまり、販売と同時に代金を回収できれば資金繰りを気にする必要はありませんが、現実の商売では、月末締め翌月末払いというように、売上から代金の回収まで一定の期間があることが一般的です。製品・商品を売り上げたのに代金を回収できなければ、仕入代金や賃金の支払いに事欠くことになりかねません。
帳簿上は利益が出ていても、現実には資金が足りない「勘定合って銭足らず」という状態になれば、最悪の場合には「黒字倒産」に至ることもあり得ます。
売上から代金の回収まで一定の期間があることは、見方を変えれば、取引先に対して一定の期間、信用を供与していることを意味します。それゆえ、企業にとって、どの取引先に対して、どの程度の信用を供与するか、すなわち、「与信管理」は極めて重要です。換言すれば、取引先から製品・商品の代金を回収できず、自社の経営ひいては存続に危険が生じることを未然に防止するために、与信管理を行う必要があります。
2.与信基準の策定と個社別の与信限度額の設定
与信管理の第一歩は、与信についての基準を策定し、その基準に従って個社別の与信限度額を設定することです。与信基準は、基本的には財務諸表上の数値をもとにした定量評価がベースになるでしょう。具体的には、次のような指標を要素とする社内格付けを作成し、その格付けに応じて与信限度額を定めるという方法などが考えられます。
- 売上高
- 流動比率(流動資産÷流動負債)
- 純資産額
- 自己資本比率(純資産÷(純資産+負債))
各指標を要素とする格付けに応じて与信限度額を定める場合、たとえば次のようになります。
- 月間売上高が○円以上であれば+○点
- 流動比率が○%以上であれば+○点
- 純資産額が○円以上であれば+○点
- 自己資本比率が◯%以上であれば+○点
- これらの総合評点が○点以上であればS格
- S格の取引先に対しては限度額○万円まで販売可能
これらの定量評価に加えて、製品・商品の競争力、同業者からの評判、代金支払いの遅延がないかどうかなどの定性評価も評点の要素とすることも考えられます。
そこで、企業は、取引先から決算書を受領し、また、経営者その他幹部社員などと面談して定量評価、定性評価を行い、これらの評価を与信基準に当てはめて、個社別の与信限度額を設定することになります。なお、個社別の与信限度額を設定するに当たっては、ある取引先の定量評価、定性評価が良好であっても、自社の売上全体に占める当該取引先に対する売上の割合が過大にならないように限度額を設定する必要があります。取引が特定の取引先に偏ってしまうと、その取引先が倒産したときに、自社も「連鎖倒産」することになりかねないからです。
3.与信管理を踏まえた業務のあり方
上述のとおり、企業が与信基準を策定し、個社別に与信限度額を定めて、与信管理を行うのは、取引先から代金を回収できず、自社の経営ひいては存続に危険が生じることを未然に防止するためです。
取引先から発注が増加し、与信限度額を超えるおそれがある場合には、漫然と受注するのではなく、取引先から発注増加の事情や経営状況などについて聴き、与信限度額の引き上げまたは一時的な与信限度額の超過の許否を社内で決定したうえで、受注するかどうかを決めることになります。
また、取引先が支払期日に代金を支払わなかった場合、取引先の決算数値が悪化した場合、その他取引先の信用力の低下を疑うべき事実が生じた場合には、取引先から事実関係について聴いたうえで、また、必要に応じて、取引先の不動産の登記事項証明書を取得して根抵当権設定登記や仮差押登記等の有無を調査したり、債権譲渡登記の登記事項概要証明書を取得して取引先が債権譲渡をしていないかどうかを調査したりしたうえで、与信限度額の引き下げまたは据え置き、最悪の場合は取引関係の解消の当否について社内で判断する必要があります。
このような実効的な与信管理のためには、経営陣や経理担当者だけが与信基準や個社別の与信限度額を知っているというのではなく、営業担当者も含めて全社的に与信基準や個社別の与信限度額が共有されることが肝要です。営業担当者は、与信基準や個社別の与信限度額を知っていればこそ、即座に受注の可否(あるいは与信限度額引き上げの可否等)を頭に思い浮かべながら、取引先と商談することができます。
また、営業担当者は日頃から取引先と接触しているのですから、与信基準を理解していれば、取引先の信用力の低下を疑うべき事実が発生したときに、かかる事実を迅速かつ直接的に把握し、すぐに経営陣や経理担当者にフィードバックすることができるのです。
4.おわりに
取引先が代金を支払わない場合、これを回収する法的手段はあります。たとえば、取引先から債権などの財産を譲り受けたり、不動産などに対して仮差押えをしたうえで勝訴判決を得たりする方法です。しかし、前者については、債権者取消請求(民法424条など)を受けたり、取引先が倒産した場合には否認権(破産法160条など)の行使を受けたりするおそれがあります。また、後者については、費用も時間もかかります。
したがって、転ばぬ先の杖として、与信基準を策定し、個社別に与信限度額を設定して、与信管理を行うのが、中小企業の経営の要諦といえます。
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