Netpress 第2022号 クリアすべき要件とは? 内定取り消しを検討する際の法律上のポイント

Point
1.コロナ禍により業績の見通しが立たなくなり、内定の取り消しを行なう(検討する)企業が増えています。
2.内定取り消しの法的リスクと、やむをえず実行する場合の手続、留意点などについて解説します。


特定社会保険労務士 田中 双美

1.法的性格と取り消しの問題点

(1) 採用内定の法的性格

企業からの募集に対する労働者の応募は、労働契約の申し込みであり、採用内定通知書と入社誓約書が提出された段階で、入社予定日まで解約権は留保されてはいるものの、労働契約が成立したと解釈するのが相当とされています。「解約権が留保されている労働契約」とは、採用内定から入社までの期間において、一定の事由が生じた場合には労働契約を解除することができる、というものです。

また、採用内定には「内定」と「内々定」があります。内々定は、一般的には労働契約のいわば予約であり、企業・内々定者ともに、労働契約の成立には至っていないという認識の場合が多いといえます。

ただし、個々の事案によって拘束関係の度合いも異なることから、過去の判例においては、内々定の取り消しが内々定者の期待権の侵害に当たるとして、企業に慰謝料の支払いを命じたケースもあります。

(2) 内定取り消しの法律上の問題点

一連の採用内定関連の手続が完了すると、労働契約の成立により、その後の内定取り消しは解雇とみなされます。つまり、労働契約法16条の解雇権濫用規定が適用され、内定取り消しが「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、権利を濫用したものとして無効となります。

裁判で無効と判断されると、内定取り消しはなかったことになりますから、採用内定者は入社し、企業はバックペイ(入社日からさかのぼっての給与の支払い)を行うことになります。採用内定者が入社に固執しない場合は、退職を前提とした多額の損害賠償を求められるリスクも考えられます。

2.内定取り消しを実行する際のチェックポイント

(1) 採用内定の取り消し事由

解雇と同様に、内定取り消しの有効・無効の判断については法律に定めがなく、裁判所が示した判断の蓄積によって形成された考え方(判例法理)から、内定を取り消せるのは次の場合に限られるとされています。


1.採用内定の取り消し事由が、採用内定当時は知ることができず、また知ることが期待できないような事実であること

2.この事実を理由として採用内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できること


(2) 企業側の事由(事情)で取り消す場合

経営悪化など企業側の事由(事情)による内定取り消しは、採用内定者の責めに帰すべき事由はなく、また、内定取り消しによって採用内定者が被る不利益は極めて大きいと考えられることから、その事由(事情)の妥当性がより厳格に判断されます。

経営悪化で内定取り消しを行う場合のチェックポイントを、整理解雇の4要件(「人員整理の必要性」「解雇回避の努力義務」「解雇対象者の選定の合理性」「手続の妥当性」)に沿ってみていきましょう。


① 内定取り消しの必要性

採用内定時には予測できなかった経営悪化であるとしても、漠然と先行きが不透明という理由や、単に経営が悪化したという企業側の主観的な理由だけでは不十分です。具体的な損失規模を数値で示すなどして、内定取り消しを行う差し迫った必要性を客観的に説明することが必要です。


② 内定取り消し回避の努力

休業や教育訓練の実施、関連会社への出向など、内定取り消しを回避するためにできる限りの努力を尽くした後で、内定取り消しを行うことが求められます。


③ 人選の合理性

恣意的な内定取り消しは当然に認められませんが、従業員の解雇より優先して採用内定者の内定取り消しを行うこと自体は、不合理ではないとする考え方もあります。


④ 内定取り消しの手続の妥当性

なぜ内定を取り消す必要性があるのか、内定取り消しを回避するためにどのような経営努力をしたのかといったことについて、採用内定者の納得を得られるよう説明を尽くすことが必要です。

3.内定取し消しに関するその他の注意点

(1) 企業名の公表

企業が、新卒の高卒者や大卒者の内定を取り消そうとする場合には、本人に通知するとともに、公共職業安定所および施設の長(学校長)にあらかじめ通知することが必要です。

また、2年度以上連続して内定取し消しを行うなど、一定の事由に該当する場合には、厚生労働大臣はその企業名を公表することができるとされています。

企業名の公表は、企業イメージを大きく低下させ、採用活動だけではなく、将来にわたって事業活動そのものに大きな影響を及ぼすことになります。

(2) 解雇予告の手続

労働契約が成立していると認められる場合の内定取り消しについては、解雇予告の手続が適用されるというのが行政解釈(厚生労働省の見解)です。

したがって、行政解釈に従えば、入社予定日の30日前までの解雇予告か、30日前までに予告できない場合は不足日数分についての解雇予告手当の支払いが必要となります。

(3) 内定取り消し理由の証明書

労働契約が成立していると認められる場合の内定取り消しにおいて、採用内定者が内定取り消し理由の証明書を請求した場合には、遅滞なく交付しなければなりません。

(4) 入職時期の繰り下げ

入職(入社)時期の繰り下げとは、採用内定通知書に定められた入職日(入社日)そのものを延期することです。延期された入社日まで給与の支払いは不要ですが、採用内定者の合意が必要です。合意が得られなければ繰り下げはできませんから、原則的には、入社日から給与の支払い義務も発生することになります。



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