マネプラ・オピニオン 大切なのは組織の質(田中 優子)
私は2021年3月31日まで、法政大学の総長を7年間つとめた。大学によって制度が異なるが、早稲田大学、慶應義塾大学、法政大学においては、「総長(塾長)」が学長と理事長を兼ねており、実質的にも、教学と経営の両方に携わる。
教学とは、教育と研究の現場の立場から、学生たちに必要な仕組みや制度、研究に必要な組織などを教員とともに考えることだ。そのために学部長会議、大学院の研究科長会議、研究所長会議、附属校の学校長会議を主催し、意見をまとめていく。
一方経営の立場では、予算編成委員会、常務理事会、理事会、評議員会を主催し、意見をまとめていく。両方にとって重要なのが危機対策本部会議で、総長はその本部長としてこれを開催する。この一年は毎週、コロナ危機対策本部を開催し続けてきた。
ところで、教育・研究はお金を使う。経営側はお金を集め、できるだけ節約し、配分する。使う側と抑える側の両方を兼ねるのが総長という存在である。企業の経営者はこの制度を「改めねばならない」とおっしゃる。しかしそれは、一人の人間はひとつの立場でしかものを考えられない、と言っているのと同じだ。
しかも大学にとってお金を集めるとは、できるだけ多くの商品を売ったり、できるだけ多くの学生に入ってもらってお金を稼ぐことではない。文科省が定めた定員数しか受け入れてはならず、少しでもそれを過ぎると補助金を削られるのだ。
ほぼ決まった収入を、いかに教育効果が上がるように再配分するか。それを考える者は、教育効果とは何か、研究は教育にどう関わるかなどをよく認識していなければならない。
赤字の部署を削減し人員整理をすれば黒字になるのは当たり前で、それが経営なら誰にでもできる。最も難しいのは、質の高い組織として継続するために、ギリギリのところで赤字であっても残さねばならない部署を守り、削ってはならない人員は確保することだ。
それを判断するために、組織の理想や理念は常に明確にし、言語化しておく必要がある。
プロフィール
法政大学 前総長 田中 優子
(たなか・ゆうこ)1980年度より法政大学専任講師。その後、助教授、教授。2012年度より社会学部長。14年度より総長。21年度より名誉教授、江戸東京研究センター特任教授。専門は日本近世文化・アジア比較文化。研究領域は、江戸時代の文学、美術、生活文化。『江戸の想像力』、『江戸百夢』、『カムイ伝講義』、『未来のための江戸学』、『グローバリゼーションの中の江戸』、『布のちから』、『江戸問答』など著書多数。サントリー芸術財団理事。TBS「サンデーモーニング」のコメンテーターも務める。