Netpress 第2082号 どうすればいいか? 中小企業の「同一労働同一賃金」への対応

■Point
1.2021年4月1日から、中小企業に対しても「同一労働同一賃金」の規定が適用されました。
2.昨年10月の最高裁の判決も踏まえて、中小企業に求められる実務的な対応について解説します。


特定社会保険労務士 小岩 広宣



2020年10月は、13日に大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件、15日に日本郵便事件の最高裁判決が出されました。これらは、いずれも正社員と非正規雇用労働者との待遇差が論点となっていたことから、同一労働同一賃金に関する最高裁の最新の判断として注目されました。


それぞれの判決の詳細は省きますが、最高裁の判断も踏まえて、中小企業の「同一労働同一賃金」への対応について解説します。


1.就業規則の適用に関する実務対応

最高裁の判断が下された今回の各事件に共通するのは、正社員と非正規雇用労働者との間に異なる就業規則(規程)が存在し、明確に適用されていたという点です。


一般的な会社の就業規則では、就業規則本体に契約社員やパートタイマーの条項が構成されていたり、給与規程や慶弔規程といった別規則に契約社員やパートタイマーに適用されるルールが含まれていたりすることも少なくありません。しかし、今回の最高裁判決に鑑みると、正社員と非正規雇用労働者に適用される就業規則は、完全に別個のものにすることが望ましいでしょう。




上は、従業員の適用範囲についての就業規則の規定例です。適用対象は、あくまでも正社員であり、契約社員やパートタイマーには適用しないことを明記しています。


就業規則の雛形などでは、しばしば「この規則は会社の従業員に適用する」と規定したうえで例外を定めたり、「別に定める規則に定めのない事項は、この規則を適用する」と規定していたりするケースがありますが、いずれも同一労働同一賃金を判断するうえではリスクがあるといえるでしょう。


2.基本給の設定に関する実務対応

日本では、使用者に広範な人事権(裁量権)が認められています。正社員として雇用される以上は、就業規則や雇用契約に特段の規定がない限り、どこにでも赴任しなければならず、基本的に仕事内容も選べません。


この考え方の延長線上にあるのが、基本給や賞与、退職金といった「仕事給的な」待遇・給与については、会社の裁量の範囲内で、かなり広範な人事権を行使できるという発想です。


その結果として、正社員と非正規雇用労働者との間の仕事内容や役割、評価の尺度が明確に異なるのであれば、そのことを理由として基本給や賞与、退職金の制度や金額が異なることは認められやすいといえます。この点は、同一労働同一賃金の評価にあたっても、一定の影響を与えていると考えられます。


誰を正社員として採用して、どんな役割を与え、また別の人を契約社員として採用して、別の役割を与えるということは、文字どおり会社の裁量だといえます。仕事内容や役割に明らかな違いがあって、その違いに応じて待遇・給与が異なり、あらかじめそのことが説明・理解されて採用されているのであれば、それは労使の信頼関係においても、第三者からみた評価においても、適切だといえるでしょう。


そのうえで実務対応としては、正社員と非正規雇用労働者の人事評価・等級表(賃金テーブル)を完全に分けて運用することが挙げられます。正社員はともかく、契約社員やパートタイマーには等級表や賃金テーブルがないという例も少なくありませんが、簡易なものでも設定・運用することが望ましいでしょう。


大切なのは、たとえばある契約社員Aさんが現在、人事評価制度上どこに位置づけられていて、何を根拠に基本給が支払われているかが、制度として最低限説明・共有できているということです。厳密な位置づけが難しい場合は、「1,000円~1,200円(時給)」というようなレンジ(範囲)を設けることも考えられます。


3.賞与・退職金の設定に関する実務対応

大阪医科薬科大学事件では、正職員とアルバイト職員との間の業務内容や責任範囲などの相違が指摘され、アルバイト職員の業務が「相当に軽易」であったのと比較すると、正職員の業務は英文学術誌の編集事務など、かなり高度な内容を含んでいたと評価されました。


さらに、正職員は就業規則に基づく人事異動を命じられることがあるのに対して、アルバイト職員には原則として配置転換がなかったことから、「配置の変更範囲」についても相当の相違が認められました。


そのうえで結論として、「正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員に対しては支給しないという労働条件の相違は、(旧)労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらない」と判断されました。


メトロコマース事件では、退職金は「労務の対価の後払い」「功労報償」などの性質を持ち、正社員の人材確保や定着を目的としていたと評価されました。正社員には配置転換がある一方で、契約社員には原則としてそのような取り扱いがなかったことも、退職金の支給の有無をめぐる評価要素と判断されています。
正社員と契約社員の業務内容、責任の相違については、正社員がほかの販売員の代務業務を務め、複数の店舗を統括したり、指導・改善業務やトラブル対応などに従事したりする一方、契約社員は販売業務に専従していたことが、両者の業務や責任をめぐる役割が相当程度に異なることを示していると評価されました。


これらの判断から、実務対応としては、正社員とパートタイマーや契約社員に適用される就業規則(賃金規程)上の賞与や退職金の位置づけを明確にすることが挙げられます。賞与や退職金の定義、支給要件は各企業によって多種多様ですが、パートタイマーや契約社員については完全に切り離して別規程にすることが必要でしょう。


4.正社員転換制度に関する実務対応

正社員(職員)登用制度も、実務的に重要なテーマと考えられます。最高裁の判断では、正社員(職員)登用制度の有無や実施状況も一定の判断要素と評価されました。こうした制度が存在するだけではなく、現実に運用されていたことが争点(判断要素)の1つとなったのです。


もちろん、正社員(職員)登用制度があれば待遇差が許容されるというわけではありません。しかし、それが適正に運用され、一定の実績を伴う場合には、「その他の事情」として考慮される傾向が強まり、全体として同一労働同一賃金をめぐる会社人事施策を補強する要素として評価されやすくなるといえます。



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