反怖謙一の「ABC」通信 ありのまま見る
自然界も人間社会も、原理原則、法理法則、摂理といった必然の流れが、轟々と音を立てて流れています。この大いなる流れ、どでかいものには誰も逆らえません。経営の神様と呼ばれる松下幸之助氏は、この原理原則をわきまえ、天地自然の理法(法則)に沿うことの大切さをさまざまな場面で強調されました。
松下氏は言います。「私は自分の経営の秘訣というようなことについて質問を受けることがあるが、そういうときに『別にこれといったものはないが、強いていえば、“天地自然の理法”に従って仕事をしていることだ』という意味のことを答える場合がある。天地自然の理法に従った経営などというと、いかにもむずかしそうだが、たとえていえば、雨が降れば傘をさすというようなことである。(中略)そのように当然のことを当然にやっていくというのが私の経営についての行き方、考え方である」(松下幸之助『実践経営哲学』PHP研究所 2001年)。
松下氏は、この必然性の真理が描かれているものこそが古典であると看破し、古典への造詣を深めていきました。そもそも古典が読み継がれているのは、優れていて普遍性があるからであり、人間の厳しい選択の中を生き抜き、数千年にわたって生き残ってきたからこそ、そこに真理が描かれていると見て差し支えのないものです。言うなれば、人類の知恵の集積、教養の源であり、人を人として、組織を組織として軌道に乗せていくための最高の教材でもあります。
そんな素晴らしい先人の遺産を、今を生きる私たちがいかに活用させていただくかは重要な課題です。特に、今現在、経営の手綱を握っている経営者の皆様にあっては実に喫緊の課題です。
さりながら古典は膨大にあり、そのすべてに通暁(つうぎょう)することは不可能です。となれば、できることは、ご縁のあった古典について、一句だけでも己の心に響いたものを深く読み込んで自分のものとし、それを心にとどめつつ、体験の都度、古典の言葉の力を借りて体験を整理したり、己の生き方を言葉に重ねて振り返ったりしながら、そこに導かれる教訓を蓄積の上、生きる知恵として昇華していくことです。
松下氏は、「商売は知識ではなく知恵でやるものだ」とよく言われましたが、知恵とは知識から得た、生きた真理をピタリピタリと押さえていくこと、実際の現実への応用能力なのだということを教えてくれます。
そしてそのための心持ちとして、素直な心、素直さが肝要なのだということを、多くの著作で強調されています。素直な心とは、自分の利害や欲望、先入観に囚われず、物事をありのまま見る心です。
物事をありのまま見ることは勇気のいることであり、また、見る心の歪みや曇りを除いてクリーンにしなければならないため、素直な心は人を強く聡明にすると松下氏は言います。
一方で素直さとは、私心や先入観に囚われず、物事の本質とは何かを考え、判断する態度のことでもあります。物事をありのまま見て、その本質を考え、見極めていく。
簡単そうでとても難しいことですが、経営者の皆様には、会社の永続と繁栄のためにも、古典の力を大いに借りて、是非とも取り組んでいただきたいと思います。
◎「SMBCマネジメント+」2021年5月号掲載記事
プロフィール
三井住友銀行 人事部研修所 顧問(元・陸上自衛隊 陸将 第1師団長) 反怖 謙一
(たんぷ・けんいち)1979年、陸上自衛隊幹部候補生として入校。東部方面総監部防衛部長、陸上自衛隊研究本部総合研究部長、北部方面総監部幕僚長 兼 札幌駐屯地司令、陸将 第1師団長等を歴任。2014年に陸上自衛隊退官後、現職。